...2008.07.31



舞台中央に、一つのパイプ椅子。其の脇に、簡素な、台とも言える机。

青年 あーーー暑い暑い暑い!
(一冊の本を片手に、舞台下から上がってくる)
何で名古屋の夏っていうのは自重しないんだろうね! 爆発しろ!
(どかっと椅子に座りながら)
図書館だって、きちんと始業から終業まで、開いておけば良いものを! 学生の為の学校だろう? 職務を全うしてほしいものだね! ……はぁ。まぁ良いか。此の本が在っただけでも、良しとするべきかな。
『坂口安吾全集』! ウチの大学は大抵、表には全部揃ってないんだよなぁ…。 書庫から引っ張り出したせいで、何となく黴臭いったら。ったく、本を読まない学生が多過ぎるね。だから日本は馬鹿になる。
(ぶつぶつ言いながら本を眺める)
良いよなぁ、坂口安吾。あとは芥川龍之介だろ、三島由紀夫だろ、そんでやっぱ、太宰治だよなぁ。 あぁ、これが読み終わったら、太宰でも読もうかな。でもそろそろ、溜まってきた現代小説も消化しなきゃなー。 伊坂幸太郎に中村航に、積みっ放しだもんなぁ…。
いやまぁ、取り敢えずは安吾な、安吾! 良し!
(やっと本を開く青年)

(十分ほど坂口安吾の朗読)

……おあ?
(立ち上がって、ばっと本を掲げる青年、本の間から手紙が落ちる)
何だ、これ?
(本を脇に置いて、落ちた手紙を拾い上げる青年)
………手紙、だよなぁ。………うっそ?!
手紙?! 手紙だって?! 何だってこんな本の間に、こんなもん挟まってんだよ?! ……誰が、書いたんだろう…?
―――あ。…あーーー…、えぇーーー…。何コレ、俺 試されてるわけ? なぁんで開いてるかなーーー、封がーーー……。 開けても良いのか悪いのか…。っていうか、そもそも誰のなのか…。 宛先が書いてあるからには、ポストに投函されるべきモノだったんだろうなぁ…。 (暫く考える青年)
……良し! オッケイオッケイ、大丈夫だろ! だってねぇ、本に挟んじゃう程度の手紙だよ? 思い切ってオープン! はい!
(ずばさっと思い切って、手紙本体を中から取り出す青年)
おぉう? 洋封筒にピンクの便箋…。差出人が無いあたり、アレだなぁとは思ってたけど…これはビンゴって感じですか。
で?
(手紙を読み上げる)
『三浦正義(マサヨシ)様 初めて御手紙致します。私のことは、覚えていらっしゃいますか。』
うぅわーーー……リアルラブレターっぽいじゃん…。
『高校の頃、同級生だった川嶋良子です。三年間、同じクラスだった男勝りの良太郎、と言えば思い出して頂けるでしょうか。』
いやいやいやいや、『良太郎』って何よ? あだ名? あだ名なの? 格好良過ぎるでしょ、オンナノコに。
『あれから同じ大学に進学しましたが、もう随分経ちますね。お元気ですか。』
遅い! 良子ちゃん其れは遅いよ訊くの!
『私の方は、何とか健康で暮らしています。それでも何となく寂しいのは、やっぱりセイギくんに会えないからでしょうか。』
おぉう直球! アレですか、『男勝りの良太郎』降臨ですか! てゆかセイギくんて、あぁまぁ、セイギと書いてマサヨシと読むからだろうけど…、其処だけベタだよね、あだ名の付け方。
『気持ちだけ、お伝えしたくて手紙を書きました。返事は出して下さったら勿論嬉しいですが、出して下さらなくても構いません。ただ、知ってほしかっただけです。』
あぁ其れ重い! 微妙に重い! いっそ要求しろよ悩むじゃん!
『それでは、この辺で。失礼致します。 川嶋良子』
…ま、最後は普通だよね。うんうん、オッケイ、オッケイ。
(手紙をひっくり返したりして眺める青年)
しっかし、これは如何すれば良いのかねぇ。勢い余って読んでしまったわけだけども、正直 俺には関係も無ければ意味も無いっていうね。んん、如何するかなーーー。三浦正義、川嶋良子、ね…。
あ。そういえば これって、良子ちゃんが此の本を借りたから、手紙が挟まってるんだよな? ってことは…貸出票入ってるし、良子ちゃんの大まかな年齢だけでも判るかも!
貸出票、貸出票っと…。
(本を手にとって、後ろから開く青年。図書の貸出票を見つけて抜き出す)
あった! これで良子ちゃんが大体幾つか判るぜぇーーー。えっとー、最後に借りたのは…いやねぇよ。これはねぇよ。何、貸出票二枚目って。まさかの俺一番って。ねぇよ!
……あぁもーーー……。進展無いなーーー。これは如何したモンかね。困ったものを見つけてしまったことだね。これから判る事と言ったら、相手の住所、差出人の名前、手紙の内容、ってくらいかーーー。
…住所、解るんだ。
(手紙をじっと見詰める青年)
宛先、書いてある、もんなぁ。
いやぁ、いや、其れは無いでしょ…。あ、でも、其れは其れで、別に其れくらい良いし、いや、けど……あーーー…。
良し!
(手紙を持ったまま出ていく青年。直ぐに戻ってくる)
在った、在った。案外、切手シートって役に立つものだね。
先ずは手紙の封か。ま、糊で充分だよなーーー。まさか女子大生が封緘とかはしないでしょ。イエス! 僕らのピット糊ーーー。
…良し、封はこんなもんかな。んで、切手を貼って、と………。
お、お、お、良いんじゃね? あ、差出人かーーー…。如何しようかな。でも其処だけ俺の字ってのも何だしな。これで良いかーーー。
(手紙をもう一度点検する青年)
オーケイ、気が変わらない内に行ってこよう。
(手紙を持って出ていく青年)

(暗転)


青年 暑いーーー、暑いーーー。図書館の為だけに学校行くっていうのも何だかなーーー。
(初登場時と同じように舞台下から上がってくる青年)
あ、そういえばアレ如何なったんだろう、手紙。もうそろそろ一週間くらい経つし、何か無かったのかなーーー。
(言いながら椅子に座る)
あぁでもアレか、何か在ったところで、俺が関われるわけ無いもんなー。あの手紙見るだけじゃ、俺が関わったなんて何も思わないだろうし。
そもそも無事に『三浦正義』に届いているか如何かも怪しいよな。同じところに住んでる保証は無いワケだし。
女性 壱誓(イッセイ)!
青年 え?
(青年が出てきた方から一人の女性が登場)
………か、母さん?!
(立ち上がって、一応迎える仕草を見せる青年)
女性 今日は壱誓に話が在って来たの。
青年 話? 何?
(女性を座らせる青年)
女性 あのね、壱誓……実は、ね。
青年 うん。
女性 壱誓には、父親が居ないじゃない?
青年 え、あぁ、まぁ、幼い頃に離婚したって聞いたけど…。
女性 そう。そうなの。 其の理由はね、今思うと凄く下らない気もするんだけど…とにかく、離婚していたの。
青年 あぁ理由は言わねぇんだ?! うん、其れで?
女性 ええ、そう、其れで………其れで、
青年 煮え切らないなぁ。何?
女性 母さん、父さんと再婚するの。
青年 …………其れは、其の男と、ヨリを戻す、のかな?
女性 (驚いて照れた後、頷く)
青年 其れは、そうだな、まぁ、『おめでとう』?
女性 ありがとう。ふふ。
……壱誓、嫌じゃ…ない?
青年 別に母さんの人生は母さんのものだし、特に何とも思わないよ。
思わないけど…、そうだなぁ、何で再婚することになったか、くらいは知りたいかな。純粋に興味深い。
女性 え、えぇ…?(照れながらそわそわする)
す、凄く良く出来たドラマみたいな話だけど、疑わずに聞いてくれる?
青年 まぁ胡散臭くても其れが事実だって言い張られれば、如何しようも無いよね。
女性 あ、あのね……手紙が、きたの。
青年 手紙? タイムリーだな…。
女性 ん?
青年 いや、何でも無いよ。
女性 其れでね、彼からの其の手紙には…『昔の気持ちを改めて思い出した』って、 『僕の気持ちは、尚褪せないままだった』って。
青年 また詩的な表現だね。其れで、決めたの?
女性 うん、簡単に言ってしまえばそうね。でも、此処からが面白いのよ。
彼が今更、そんな手紙を私に出す切欠は何だったと思う?
青年 さぁ。
女性 なんとね……其れも手紙、なのよ。
青年 ……手紙?
女性 そう、手紙。彼の元に…というか正しくは、彼の実家に、だけど、手紙が届いたのよ。 差出人は無かったけど、彼の御両親が息子宛だからって、わざわざ渡してくれたんですって。其れでね、其の手紙って言うのが…。
青年 …うわぁ…ちょっと凄くアレな予感がするんだけど何コレ。
女性 ふふ、壱誓きいてる? 其の手紙って言うのがね、なんと……過去の私からの手紙なの!
昔書いた母さんの手紙が、今になって届いたって言うのよ! 彼ったら、ロマンティストよねーーー。 若しかしたら、母さんと再婚したい口実かしら? なんてのも思ったけど、でも良いわ!
青年 ……いや、口実じゃなくて、事実だと思うよ…。
女性 そうかしら。でも其れならもっとロマンティックね! まぁ、私は手紙を出した覚えって、無いんだけど……。
青年 そうだろうね。
女性 え?
青年 何でも無いよ。 ねぇ母さん。母さんの名前って、
女性 私の? 変な子ね、壱誓ったら。私は『川嶋良子』よ?
青年 だよねーーー…。 じゃあ、相手の男の名前って、何て言うのかな。若しかして、三浦正義、だったりする?
女性 えっ?!  壱誓、何で知ってるの?!
青年 いやぁ…アレだよ、だとしたら画数が相性良いなぁって思っただけだよ、母さん。
女性 あら、本当?
青年 本当、本当。
女性 だったら嬉しいわ! 今度こそ旨くいくわよ、屹度!

終了