青年 | あーーー暑い暑い暑い! (一冊の本を片手に、舞台下から上がってくる) 何で名古屋の夏っていうのは自重しないんだろうね! 爆発しろ! (どかっと椅子に座りながら) 図書館だって、きちんと始業から終業まで、開いておけば良いものを! 学生の為の学校だろう? 職務を全うしてほしいものだね! ……はぁ。まぁ良いか。此の本が在っただけでも、良しとするべきかな。 『坂口安吾全集』! ウチの大学は大抵、表には全部揃ってないんだよなぁ…。 書庫から引っ張り出したせいで、何となく黴臭いったら。ったく、本を読まない学生が多過ぎるね。だから日本は馬鹿になる。 (ぶつぶつ言いながら本を眺める) 良いよなぁ、坂口安吾。あとは芥川龍之介だろ、三島由紀夫だろ、そんでやっぱ、太宰治だよなぁ。 あぁ、これが読み終わったら、太宰でも読もうかな。でもそろそろ、溜まってきた現代小説も消化しなきゃなー。 伊坂幸太郎に中村航に、積みっ放しだもんなぁ…。 いやまぁ、取り敢えずは安吾な、安吾! 良し! (やっと本を開く青年) (十分ほど坂口安吾の朗読) ……おあ? (立ち上がって、ばっと本を掲げる青年、本の間から手紙が落ちる) 何だ、これ? (本を脇に置いて、落ちた手紙を拾い上げる青年) ………手紙、だよなぁ。………うっそ?! 手紙?! 手紙だって?! 何だってこんな本の間に、こんなもん挟まってんだよ?! ……誰が、書いたんだろう…? ―――あ。…あーーー…、えぇーーー…。何コレ、俺 試されてるわけ? なぁんで開いてるかなーーー、封がーーー……。 開けても良いのか悪いのか…。っていうか、そもそも誰のなのか…。 宛先が書いてあるからには、ポストに投函されるべきモノだったんだろうなぁ…。 (暫く考える青年) ……良し! オッケイオッケイ、大丈夫だろ! だってねぇ、本に挟んじゃう程度の手紙だよ? 思い切ってオープン! はい! (ずばさっと思い切って、手紙本体を中から取り出す青年) おぉう? 洋封筒にピンクの便箋…。差出人が無いあたり、アレだなぁとは思ってたけど…これはビンゴって感じですか。 で? (手紙を読み上げる) 『三浦正義(マサヨシ)様 初めて御手紙致します。私のことは、覚えていらっしゃいますか。』 うぅわーーー……リアルラブレターっぽいじゃん…。 『高校の頃、同級生だった川嶋良子です。三年間、同じクラスだった男勝りの良太郎、と言えば思い出して頂けるでしょうか。』 いやいやいやいや、『良太郎』って何よ? あだ名? あだ名なの? 格好良過ぎるでしょ、オンナノコに。 『あれから同じ大学に進学しましたが、もう随分経ちますね。お元気ですか。』 遅い! 良子ちゃん其れは遅いよ訊くの! 『私の方は、何とか健康で暮らしています。それでも何となく寂しいのは、やっぱりセイギくんに会えないからでしょうか。』 おぉう直球! アレですか、『男勝りの良太郎』降臨ですか! てゆかセイギくんて、あぁまぁ、セイギと書いてマサヨシと読むからだろうけど…、其処だけベタだよね、あだ名の付け方。 『気持ちだけ、お伝えしたくて手紙を書きました。返事は出して下さったら勿論嬉しいですが、出して下さらなくても構いません。ただ、知ってほしかっただけです。』 あぁ其れ重い! 微妙に重い! いっそ要求しろよ悩むじゃん! 『それでは、この辺で。失礼致します。 川嶋良子』 …ま、最後は普通だよね。うんうん、オッケイ、オッケイ。 (手紙をひっくり返したりして眺める青年) しっかし、これは如何すれば良いのかねぇ。勢い余って読んでしまったわけだけども、正直 俺には関係も無ければ意味も無いっていうね。んん、如何するかなーーー。三浦正義、川嶋良子、ね…。 あ。そういえば これって、良子ちゃんが此の本を借りたから、手紙が挟まってるんだよな? ってことは…貸出票入ってるし、良子ちゃんの大まかな年齢だけでも判るかも! 貸出票、貸出票っと…。 (本を手にとって、後ろから開く青年。図書の貸出票を見つけて抜き出す) あった! これで良子ちゃんが大体幾つか判るぜぇーーー。えっとー、最後に借りたのは…いやねぇよ。これはねぇよ。何、貸出票二枚目って。まさかの俺一番って。ねぇよ! ……あぁもーーー……。進展無いなーーー。これは如何したモンかね。困ったものを見つけてしまったことだね。これから判る事と言ったら、相手の住所、差出人の名前、手紙の内容、ってくらいかーーー。 …住所、解るんだ。 (手紙をじっと見詰める青年) 宛先、書いてある、もんなぁ。 いやぁ、いや、其れは無いでしょ…。あ、でも、其れは其れで、別に其れくらい良いし、いや、けど……あーーー…。 良し! (手紙を持ったまま出ていく青年。直ぐに戻ってくる) 在った、在った。案外、切手シートって役に立つものだね。 先ずは手紙の封か。ま、糊で充分だよなーーー。まさか女子大生が封緘とかはしないでしょ。イエス! 僕らのピット糊ーーー。 …良し、封はこんなもんかな。んで、切手を貼って、と………。 お、お、お、良いんじゃね? あ、差出人かーーー…。如何しようかな。でも其処だけ俺の字ってのも何だしな。これで良いかーーー。 (手紙をもう一度点検する青年) オーケイ、気が変わらない内に行ってこよう。 (手紙を持って出ていく青年) |
青年 | 暑いーーー、暑いーーー。図書館の為だけに学校行くっていうのも何だかなーーー。 (初登場時と同じように舞台下から上がってくる青年) あ、そういえばアレ如何なったんだろう、手紙。もうそろそろ一週間くらい経つし、何か無かったのかなーーー。 (言いながら椅子に座る) あぁでもアレか、何か在ったところで、俺が関われるわけ無いもんなー。あの手紙見るだけじゃ、俺が関わったなんて何も思わないだろうし。 そもそも無事に『三浦正義』に届いているか如何かも怪しいよな。同じところに住んでる保証は無いワケだし。 |
女性 | 壱誓(イッセイ)! |
青年 | え? (青年が出てきた方から一人の女性が登場) ………か、母さん?! (立ち上がって、一応迎える仕草を見せる青年) |
女性 | 今日は壱誓に話が在って来たの。 |
青年 | 話? 何? (女性を座らせる青年) |
女性 | あのね、壱誓……実は、ね。 |
青年 | うん。 |
女性 | 壱誓には、父親が居ないじゃない? |
青年 | え、あぁ、まぁ、幼い頃に離婚したって聞いたけど…。 |
女性 | そう。そうなの。 其の理由はね、今思うと凄く下らない気もするんだけど…とにかく、離婚していたの。 |
青年 | あぁ理由は言わねぇんだ?! うん、其れで? |
女性 | ええ、そう、其れで………其れで、 |
青年 | 煮え切らないなぁ。何? |
女性 | 母さん、父さんと再婚するの。 |
青年 | …………其れは、其の男と、ヨリを戻す、のかな? |
女性 | (驚いて照れた後、頷く) |
青年 | 其れは、そうだな、まぁ、『おめでとう』? |
女性 | ありがとう。ふふ。 ……壱誓、嫌じゃ…ない? |
青年 | 別に母さんの人生は母さんのものだし、特に何とも思わないよ。 思わないけど…、そうだなぁ、何で再婚することになったか、くらいは知りたいかな。純粋に興味深い。 |
女性 | え、えぇ…?(照れながらそわそわする) す、凄く良く出来たドラマみたいな話だけど、疑わずに聞いてくれる? |
青年 | まぁ胡散臭くても其れが事実だって言い張られれば、如何しようも無いよね。 |
女性 | あ、あのね……手紙が、きたの。 |
青年 | 手紙? タイムリーだな…。 |
女性 | ん? |
青年 | いや、何でも無いよ。 |
女性 | 其れでね、彼からの其の手紙には…『昔の気持ちを改めて思い出した』って、 『僕の気持ちは、尚褪せないままだった』って。 |
青年 | また詩的な表現だね。其れで、決めたの? |
女性 | うん、簡単に言ってしまえばそうね。でも、此処からが面白いのよ。 彼が今更、そんな手紙を私に出す切欠は何だったと思う? |
青年 | さぁ。 |
女性 | なんとね……其れも手紙、なのよ。 |
青年 | ……手紙? |
女性 | そう、手紙。彼の元に…というか正しくは、彼の実家に、だけど、手紙が届いたのよ。 差出人は無かったけど、彼の御両親が息子宛だからって、わざわざ渡してくれたんですって。其れでね、其の手紙って言うのが…。 |
青年 | …うわぁ…ちょっと凄くアレな予感がするんだけど何コレ。 |
女性 | ふふ、壱誓きいてる? 其の手紙って言うのがね、なんと……過去の私からの手紙なの! 昔書いた母さんの手紙が、今になって届いたって言うのよ! 彼ったら、ロマンティストよねーーー。 若しかしたら、母さんと再婚したい口実かしら? なんてのも思ったけど、でも良いわ! |
青年 | ……いや、口実じゃなくて、事実だと思うよ…。 |
女性 | そうかしら。でも其れならもっとロマンティックね! まぁ、私は手紙を出した覚えって、無いんだけど……。 |
青年 | そうだろうね。 |
女性 | え? |
青年 | 何でも無いよ。 ねぇ母さん。母さんの名前って、 |
女性 | 私の? 変な子ね、壱誓ったら。私は『川嶋良子』よ? |
青年 | だよねーーー…。 じゃあ、相手の男の名前って、何て言うのかな。若しかして、三浦正義、だったりする? |
女性 | えっ?! 壱誓、何で知ってるの?! |
青年 | いやぁ…アレだよ、だとしたら画数が相性良いなぁって思っただけだよ、母さん。 |
女性 | あら、本当? |
青年 | 本当、本当。 |
女性 | だったら嬉しいわ! 今度こそ旨くいくわよ、屹度! |