じばにゃんを拾う話
「確かここです。山口が言ってた、最近、変な事故が多発してるっていう現場」
「変な事故、ねぇ。見通しは悪くなさそうな、普通の交差点に見えるけど」
「だーから、妖怪不祥事案件なんじゃないでぃすか。ちょっと照らしてみて下さい」
そうしてああだこうだ言いつつ、俺たちは連れ立ってとある交差点の横断歩道に来ていた。俺のかばんには妖怪ウォッチが入っている。道すがら、10番のかばんに突っ込んだり投げたりなどしてみたが、気付くと俺のかばんに戻っている辺りがうすら寒い。ちなみに投げる度に白いの…ウィスパーにはネチネチネチネチと小言を言われた。くっそ。妖怪執事とかなんとか言ってるけど、こいつは舅とかそういう類だ。
「んで? どーいう事故なわけ?」
「えーっと…」
俺は10番に話しかけつつ、ウィスパーに言われた通り、妖怪ウォッチのドーム型になった盤面部分の横っ面、サーチライトのスイッチを押す。どう見ても、ただのちょっと邪魔くさい光る腕時計じゃねぇか。というか、そうあってくれ。しかし俺の最後の希望も虚しく、10番が事故内容を答える前に横断歩道の真ん中、ライトは「何か」を照らし出した。
「?!」
何だ、今の。もや…というより、影、というべきか。瞬間の輪郭は曖昧だったが、瞬きを一度二度繰り返したらもう、はっきりと形が作られていた。黒っぽかったソレは色が付き、そうしてくっきりと…はっきりと…なんだありゃ?! 某国民的猫型ロボットの亜種みたいな、赤い、なんか赤い、なに?!
「あぶない!」
10番が声を上げるのと、その赤い亜種がぐっと構えを取るのは同時だった。そうしてさらにほぼ同時に、わりと大きめのトラックが突っ込んできて――「ひゃくれつにくきゅう!!」なんつった?!

「…で? おまえは、なんなワケ?」
謎の言葉を叫んで、トラックにぶつかっていって、跳ね飛ばされて、戻ってきて、再び構えを取ったところで、俺はぐいとその赤い何かをとりあえず歩道の方へと引っ張り込んだ。「なにするニャン!」と叫んで睨みをきかせてきた様子を見るに、とりあえず日本語もハナシも通じそうで何よりだ。俺がため息を吐くのと同時に、「もしかして、『何も無いのにぶつかった感触のする交差点』の話って…」「これです、彼は『ジバニャン』!」、両隣からステレオのように声が響く。待ってほんと待って。ツッコミ追いつかねぇんだけど?!
「なんて?!」
とりあえずウィスパーの方に振り返れば、手持ちのタブレット…よーかいぱっど、をすいすいと操作しながら、したり顔で「彼はですね」と頷く。ほんとイラだつなコイツ。
「妖怪不祥事案件、なんかなんもいないハズな」「おれっちはジバニャンにゃん!」「言わせろよコルァ!」
ウィスパーのしようとした説明に被って、赤い亜種が思ったよりずっと元気良く自己紹介してきた。いや決めポーズまで取って明るいな?! 現実だとは思いたくないのだが、目の前にいるコレが妖怪なのだろう。妖怪ウォッチで見つけたわけだし、ウィスパーもそんなようなことを言いかけていたし。でもそれにしたって「俺、日向!」、あーいたいたいたそういえばいたわもう一人そういう明るさ振りまくヤツ!! ウィスパーとは逆隣りから聞こえてきた弾んだ声に、俺は思わず遠い目になってしまう。
「ひなた? ひなたっていうにゃんね!」
「うん! ジバニャンは、ここで何してたの? トラックにぶつかるとか危ないじゃん!」
なんか、アニメ映画でも見てる気持ちになるな…なんだその小学生みたいな会話は…。10番の明るさに引っ張られたのか、俺を睨み上げたさっきの雰囲気は霧散してすっかり緩い顔になっていたそいつが、しかし問いかけに何か思い出したのか急にシュンと俯く。
「おれっち…どうしてもトラックに勝たなきゃいけないにゃん…」
トラックに、勝つ?
「おれっちは昔、フツーのねこだったにゃん。エミちゃんっていう女の子に飼われてて」
おぉ、妖怪には前世的なものがあるのか。転生ものっぽい感じか? 俺は少しちぐはぐな感想を抱きつつも、俯いて語るジバニャンを眺める。10番は真剣な様子でふんふんと相槌を打って聞いていた。
「ある日、この横断歩道で学校帰りのエミちゃんを見つけて、でも、ちょうどトラックが来るのも見えて、おれっち夢中でエミちゃんに向かって走ったにゃん」
え。
「そんで、エミちゃんを突き飛ばしてトラックを教えて、どうにかエミちゃんは助けられたにゃん」
待ってこれ。
「でも、エミちゃん、エミちゃんは、衝撃で飛ばされたおれっちに言ったにゃん」
これ、俺らがこんな気軽に聞くやつなの。
「『車にひかれたくらいで死んじゃうなんて、ダサッ!!』って…だから! だからおれっちはトラックに勝たなきゃいけないにゃん!」
「ジバニャン…!」
ほらやっぱ気軽に聞くやつじゃなかったんじゃないの?! 唐突に始まった語りを止められずに、俺たちはジバニャンが妖怪になったわりとしんどい理由を聞かされてしまった。10番はちょっと涙目で感極まった風に名前を口にしているし、ジバニャンの方も「久々にこんな話したにゃん」とか言っている。いや突然の重さについていけな「あ!」、横断歩道にトラックが走ってきて、ジバニャンもまた走り出す。いや待て、待てっておまえ。
「ひゃくれつにくきゅう!!」
無理だろ、そんなん。そして予想通りにあっけらかんと跳ね飛ばされて、戻ってくるまでの間に、ウィスパーがパッドを見ながら呟く。
「ジバニャンのジバは、地縛霊のジバでぃすね。まぁ死んだことも妖怪になった理由も自覚しているので、タチの悪いタイプじゃなさそうでぃすけど」
その言葉はたぶん、10番にも聞こえたんだろう、妙に思い詰めたような顔をして地面を見ている。いやいや待ってこれ、こんな、「いやぁ手強かったにゃん!」、うん本人は明るいな?!
「よーし、次は負けないにゃんよぉ! ひとりぼっちは勝って終わ」「ジバニャン!」
ぐるんぐるんと肩慣らしのように短い腕を回したジバニャンに、10番がひざを着いて目線を合わせた。言葉を遮って呼びかけて、「俺と友達になろうよ! そしたらとりあえず、ひとりじゃないよ!」。
「ひなた…!」
にこりと笑った10番、ジバニャンのただでさえまんまるな目が驚いてさらに丸くなる。それからぎゅっと細められて「おれっち、ひなたと友達にゃん!」、うれしそうな声と一緒にジバニャンは10番に飛び込んだ。
「ひなた! おれっちのメダル、受け取ってほしいにゃん! これで…」
ジバニャンが取り出した、ちょうどウォッチに入れられそうな大きさのコイン、メダルがふわりと光を放った。10番に押し付けるように掲げられたそれだったが、「あ、ごめん」。気付いた10番は少し気まずそうな顔で言葉を続ける。
「妖怪ウォッチだっけ、持ってるのは俺じゃなくて…」
「えっ…?!」
ぎょっと白目になる勢いのジバニャンと遠慮がちで気まずそうな10番の視線を受ける。あー、まぁ、そうだよなぁ。「わりーわりー、コレの所持者は俺なんだわ」、俺は持っていた妖怪ウォッチをひょいとジバニャンの視界に入るように掲げてみせた。
「きっ…聞いてないにゃん!!」
「言う隙も無かったろーが!」
そうして、ものっすごく苦々しい顔をして、地を這うような苦渋の決断と言わんばかりの声音で「友達の友達は友達にゃん…!」と震える手で差し出されたジバニャンのメダルが、俺の、一枚目になった。マジで驚くほど渋々だとか嫌々だとかって言葉が浮かぶ表情だったのは、ちょっとイラだたしいところでもあったけれど、
「ジバニャン、さみしいならウチで暮らしたら良いよ!」
「ほんとにゃん?! おれっち、ひなたんちに行くにゃん!」
そんな風にきゃっきゃと騒いでる様子を見れば、まぁ、まぁまぁまぁ。
「案外ワルクナイんじゃあないでぃすか、それ」
「るせーわ」
にやにやとしたり顔で寄ってきたウィスパーの方は、一発殴って黙らせておくけれど!