ウォッチと出会う話 |
烏野10番が、居た。どこかぼんやりと虚空を見上げていて、俺は思わず声を掛けた。 「お前、何してんの?」 「…鉄壁の。…なんか、聞こえませんか?」 名前を覚えていないのは百歩譲ろう。そんなことよりも、凪いだ瞳でガラスのように俺を映したことが、…怖くて。 「は? なに言ってんの?」 無意識だった。アイツの腕を掴んでいた。いま思えば、こちら側に引き戻そうとしたのかもしれない。 「「?!」」 瞬間、辺りに森が広がって、ああ、俺にも『声』が、はっきりと聞こえてしまった。 『まわせ…』 「びゃーーーッ!! なっにゃっなっにゃにこれ?!」 「こっちが訊きてーわ…」 噛み過ぎ、と笑ってやる余裕も無かった。俺たちは、確かに街中の、道路に立っていたはずだ。もちろん、大都会に居たというわけではないが、それでも決して、こんなに豊かな森の中だったとは到底思えない。どこだ、なんだ、ここは。 『こーっち…こっち…』 「…お前が歌ってんじゃ…ねーわな…」 『声』が相変わらず聞こえてきて、なんならちょっと歌のように節づいてすらいる。一応、隣の10番を確認してみたが、聞こえた瞬間、肩を跳ね上げて握り拳を作っていたので、まぁ首謀者ではなさそうだ。 『こーっち、こっち…』 「しゃーねぇ、行くか」 「エッ!!」 『声』は恐らく俺たちを呼んでいるし、だとすればこの現状も『声』の主が作り出したものだろう。腹を括って、俺は一歩を踏み出した。 「ちょっ、えっ、ちょ、まっ…待って、あ、えっと…とにかく待って! クダサイ!」 「るせーな。なに?」 すたすたと歩を進めていったら、数メートルいかないうちに後ろから10番に呼び止められた。仕方なく振り返ってやったのだが、予想より姿が遠くて驚く。なんでコイツ、ついてきてないの? 「どっ、どこ行くんでぃすか!」 「さぁ? とりあえず『こっち』じゃねぇ?」 俺に話しかけるわりに、その遠さはなんだ。案の定、叫ぶように掛けられた声に普通の声量で返したせいで、10番はきょとんとした表情だ。うぜえ。吐き捨てるように短く溜息をついて、俺はさっさと先に行くことにする。 「エッ?! ちょっ、わっ、あ、ぁああァァ!!」 「うっせぇっつーの!!」 数歩を進んで、振り返らない俺が怖くなったんだろう。10番が雄叫びを上げながら、俺に追いついてきた。ザッと勢い良く隣に並んで、俺の上着の裾をぎゅっと掴んだ。ガキか。 「おっ…置いてかないでクダサイ…」 「行くぞっつったし。ガキか」 「こ…こわくないんですか…?」 「なにお前、こえーの?」 「こっこわくにゃっないです!」 「あーそ。んじゃ、いーじゃん」 「っ…ふぁい…」 俺の言葉にちょっと涙目だ。素直に怖いっつっとけば、俺だって鬼じゃねぇ、配慮してやらんでもないのに、強がるからだろ。一応は温情措置として、服の裾には目を瞑ってやろう。戦々恐々といった様子で歩く10番を連れ、俺は探索を再開した。 『こーっち、こっちー…』 『ちーがう、そっちー…』 『いーきすぎ、こっちー…』 「だぁああうぜぇ!!」 『声』の主がこの森を作って俺たちを呼んだっつーんなら、もーちょっと判り易くしとけよ! いやいや案内をしてくれてる辺りは随分と優しいのかも…なんて思えるか! と取りあえずきちんとした道も無いので、なんとなく歩きやすそうな場所を選んで歩いていたが、ちょっと間違うとあの『声』が歌うように訂正してくる。だったら最初から道でも作れよ! と俺がキレ気味にツッコんだところで、10番がクイと俺の裾を引いた。そういやコイツ、まだ握ってたの。 「あの…アレ」 「あ? …あァ?」 森の中、ひときわ太い木の根元に、多少古びた感は否めないが、ガチャガチャ――硬貨を入れてハンドルを回してカプセルに入った玩具をゲットするアレだ、が、置いてある。よく見れば辺りは少し開けていて、こっちだあっちだと聞こえていた『声』も案内をしなくなっていた。俺はあからさまな違和感を放つそれに近付いていく。太い幹には朽ちかけた注連縄が回してあって、ますます根元の筐体の不審度合が増す。筐体自体はシンプルで、大きなハンドルがついている以外は表示も無く、目立った特徴も…いや、こちらにも注連縄がかかっていたようだ。朽ちて切れたのか、地面に落ちている。横側から箱を覗いてみると、中のカプセルは八分目ほどまで入っていた。 「ガチャ…ですよね?」 「みたいだな」 『まーわせ、まわせー…』 「!」 だんまりを決め込んでいた『声』が再び聞こえてきた。まわせ? まさか、このガチャを? 「冗談だろ、こんな怪しいモン…。だいたい、いくらだよ?」 そもそも日本円を入れて回るのか? 謎が謎を呼ぶような、怪しさ満点のガチャガチャに金を入れて回す酔狂は避けたい。が、何を思ったのか俺の裾を握りしめていたビビリの10番が、「…俺、回します」と意を決したように呟いた。 『そーうだ、まわせー…』 「はァ? お前、マジか?」 思わず言うが、10番は真剣な顔で頷くし、『声』はそれを後押しする。まぁ確かに、打開策としてはアリだと思うが…と、財布を取り出す10番を眺めていたら、不意に上げられた顔、泣きそうな眼と視線が合った。 「ひゃっ…ひゃくえんしか入ってませんでした…」 「小学生か! いや今ドキ、小学生でももっとあんだろ?!」 「やっ、ほ、本当は168円! あっ173円だ! 173え」 「3ケタて!」 一瞬でも孕んだ緊張とか心配とか、全てが台無しだ。俺のツッコミに「びゃあ!」と跳ねあがった10番からなけなしの100円をひったくり、俺は自分の財布を取り出す。おーおー回せっつーなら回してやんよ。とりあえずこの大きさのカプセルなら、300円くらいで回んだろ。筐体の前にしゃがみこんで、コインを投入、俺はハンドルに手を掛ける。隣というか斜め後ろくらいに10番も同じく腰を落として、俺の手元、ガチャの出口を覗き込んでいる。あーもー本当、小学生かよ。 『ガコン』 「!!」 カプセルが、多分、出てきた。光ったのだろうか、辺りが一瞬ホワイトアウトして、なんだか霧でもかかったような視界の悪さ、10番がまた俺の服の裾を引いたのが判った。それはさほど強い力でもなかったはずなのに、俺は、俺たちは、足元からぐらつくように倒れて――… 「おめでとーございマス! 今日からアナタがわたくしのご主人様でうぃす~!」 元の道路の上で、尻もちをついている俺と10番は、白い…白い、ナニカを、目撃していた。 |