天童と(牛島と)日向がエンカウント
 「へぇ、こんなとこにケーキ屋なんて在ったんだネ」
「あぁ。聞いたことはなかったな」
カランとカウベルが鳴って、長身の二人組が入ってきた。日向も道宮も視線を向けて「いらっしゃいませ」と挨拶するものの、二人組は気にする様子もなく、店内を歩きながら話を続けている。ふーん、こんな味あるんだ、などと言いながら焼き菓子を手に取ったりショーケースを検分したりと、きょろきょろとしてはいるがケーキ屋自体は慣れていそうな雰囲気だった。
「天童、何か買っていくか」
「うーん、でも持ってけないヨ?」
黒髪の方が尋ねるが、天童と呼ばれた赤茶けた髪色をした明るい青年が首を傾げる。持ってけない、のに、ケーキ屋に入ってきたのか、と思うものの、まぁ焼き菓子が目当ての場合だってある。迷ったり戸惑ったりするようなら声を掛けてみようかと、なんとなく目で追っていた日向だったが、この様子ならばと目を離す。離した。が。
「まぁどっちにしろ、あんま知られてないケーキ屋っぽいし、期待とか冒険はアレかもね」
「そんなものか。まぁ、持っていくわけにはいかないしな」
目は離しても、耳は離せなかった。聞こえてきた言葉に、日向は思わずがばりと顔ごと、再び視線を向けてしまう。馬鹿にはしていない、かもしれないけども、しかし侮られてはいる、気がする。ふぐぅ…と日向の口元が歪んで、眉間に力が入った。変化に気付いて道宮が声を掛けるより先に、日向は弾かれたように動き出す。ケーキを入れる持ち帰り用のボックスを破り広げて平らにし、ふたつ、ケーキをショーケースから取り出した。まさか。
「んー…とりあえず、このへ」「あの!」
カウンターの中、破り広げたケーキボックスを皿代わりに、ケーキをふたつ並べて。日向は会話を遮るように声を出した。当然のように二人組の視線がぐりんとこちらを向く。射抜くように、あるいは見定めるように。びく、と一瞬だけ背筋が伸びるが、日向はしかしハッキリと口を開いた。
「試食してください!」
プラスチックのフォ―クを差し出す。隣では道宮が止めようかどうしようか、狼狽した様子で行き場の無い手を彷徨わせていた。店長でパティシエたる菅原は、用事があって現在、店を抜けている。日向を止めるなら自分だが、その行動をしてしまう気持ちはわかる。「ひ、日向くん…!」と名前を呟いて戸惑っているうちに二人組の片割れ、天童と呼ばれた方がにやりと顔を崩して「威勢が良いね」と近寄ってきた。
「試食、って、ケーキまるごとだけど?」
「良いです。俺が払います。ちゃんとした皿とか無くて申し訳ないですけど」
天童の言葉に、日向はぐっとフォークを突きつける。袋入りの、購入時に希望してきたひとに渡すような簡素なものだ。握りしめたそれ、一歩も退かない態度をフゥンと見遣って、笑みを崩さないまま天童が抜いた。
「ほい若利くん。お言葉に甘えよー。俺、コッチ」
「ふむ。ありがたくいただく」
抜き取ったフォークの一本を、若利くん、と呼んで黒髪の方に渡す。それから早々に淡いピンク色のショートケーキの方を取り上げた。オレンジ色ではあるがモンブランっぽい形の残った方は、必然的に黒髪の彼が持っていく。袋を破ったフォーク、すっと最初のひとさじが入る。一口大を、切り取って、ぱくり。
「…ん!」
ぱっ、と、目を輝かせたのは天童の方だった。瞠目して、無言のまま再びケーキにフォークを突き刺した。これは、これはキタんじゃないか、と日向がごくりと唾を飲み込んだ頃、若利くんと呼ばれた黒髪が「とても美味しい」とぽつりこぼした。
「おっ、おいしいでしゅ、ですよね!」
「ああ」
思わぬ方向からの賛辞に勢い込んで日向が声を上げる。頷いた若利はそれ以上の言葉は継がなかったが、楚々とした仕草は崩さぬわりに次へ次へとフォークを入れていく様子は、彼の肯定を雄弁に語っていた。やがてバクバクと第一声ののち無言で食べていた天童の方が早く食べ終わり、「いやぁ、すっごく美味しかったヨ!」。
「でしょ?! おいひいですよね!」
「ウンウン。ところでさっきから噛んでるよね? 落ち着きな?」
「それいま言います?!」
にぱと笑顔で告げられた言葉を、やはり勢い込んで打ち返した日向は、カウンターパンチを喰らう。ごちそうさま、とフォークと皿代わりの紙箱をカウンターに置いて、天童は「ゴメンゴメン」と謝意のない明るい謝罪を繰り返した。
「美味しかったのはマジ! 最初の発言は謝るよ。でも今から夕飯予約してて、ほんとに買って帰れないんだよネ」
天童が肩を竦めて、心の底から残念そうな声音で困ったように首を傾げる。その様子に、あぁいえ、と日向は首を横に振った。
「俺も、シツレーな態度だったとは思うんで、スイマセン。スガさんのケーキ、マジで美味しいから、つい」
「ああ、美味かった。ごちそうさま」
「あざす!」
横合いから、食べ終わったらしい若利の言葉も入る。思わず軽く頭を下げて返事をした日向に、天童が「体育会系?」と笑った。食べ終わり、一気に和やかになってきた雰囲気、道宮はほっと胸を撫で下ろす。良かった。それに、日向くんは、すごい。
「営業時間、…あ、うーん、やっぱゴハンのあとは寄れないねぇ」
天童は言いながら、レジの近くにあったショップカードを手に取って確かめる。店の名前や地図、営業時間が書かれた小さなカードを、一枚そのまま懐にしまった。
「今日は焼き菓子にして、また日を改めることにしよー」
若利くん、どれにする? と続けて、天童はカウンター近くに在った焼き菓子のコーナーから幾つか商品を選び取る。若利、と呼ばれた彼が持ってきたものとまとめて、「日向くん、会計お願い」。
「あっハイ、あれ、え、俺、名前…」
「ん? あぁ、呼ばれてたでしょ、さっき。ひなたくん、じゃなかったカナ?」
「日向です! 日向翔陽!」
ん? と促すように首を傾げた天童に、日向は反射のように答える。ひなたくん、は、間違っていないのだ。元気良く返ってきた言葉に天童は「じゃあ翔陽クンだ」と笑って、「翔陽クン、おいくらですかー?」と続けた。問われれば日向は当然答える。主導権はすっかり天童のまま、会計は進んでいった。最後に焼き菓子を詰めた袋とおつりを受け取って完了だ。
「それじゃあ翔陽くん、またねン」

 そうして小さくも確かな嵐を巻き起こして、店を出た二人、一歩を踏み出す前に天童が楽しそうに言う。
「若利くん、うれしそーだネ?」
「おたがいさまだろう」