二口とひなたとピッツァの話
「あー…けっこーイイ時間になったなー…」
エンドロールも終わって他作品の宣伝を始めたテレビから目を離し、俺はぐぐぐ、と伸びをした。
「うわほんとだ! めちゃ集中しちゃいましたね…!」
隣で同じくDVDを見ていた日向くんは、凝り固まった首をほぐすように左右へ傾けている。今日明日と休みだった俺に、仕事終わりの日向くんが「DVD借りたんですけど一緒に見ませんか!」と連絡をくれたのだ。曰く、立ち寄ったレンタルショップの店頭、ちょうど三部作目のレンタルが開始したばかりだったらしく、大々的に三つまとめて宣伝されていて観たくなったのだそうだ。確かに一時期、この三つ目の予告編はバンバンCMで流れてたっけ、なんてタイトルを眺めて思い出した程度には人気作品だ。とりあえず一作目を観終わって、時計を確認すれば20時半過ぎ、21時の方が近いかなという頃合いで、
「…おなかすきましたね…」
「だな…」
夕飯を何も考えていなかった事実に二人して気付いてしまった。一度自覚すれば、どうにも気になってしまうというのはよくあることで、だがしかし、休日の冷蔵庫には充分な食材も無ければ買い置きも無い。
「んー…あ、ピザとか取るか。せっかく二人いるし」
「おぉ! 確かに一人だとあんま取らないスよね!」
ふと目に入った捨て忘れていたチラシの中に紛れていたピザ屋の広告、俺が思いついて言った言葉に、日向くんは目を輝かせて身を乗り出す勢いだ。人を呼ぶ時は鍋をするとか呑むとか、たいてい夕飯も考えていたりするし、こんな機会でも無ければあまり宅配ピザのお世話にはならない。きっと日向くんも同じなのだろう、「ひさしぶりだなぁ!」なんてはしゃぎながら、抜き取ったチラシを広げてわくわくと眺めている。うんうん、考える時が一番たのしいよな。
「どれにしますか? 苦手なのとかあります?」
「んー、特に無い。うわなにこれ、カニかぁ。冬って感じ」
「確かに冬にCM見る気がする! あーこれ四つの美味しそう! あ、でも一個辛いのか」
「俺はこっちかなー。てかSなら、ふたつくらいイケんじゃね?」
「えっと…あ、1~2名用! みっつイケますよみっつ!」
「マジか言うね日向くん?!」
わいわいと話しながら、ピザの内容を決める。四種類の味がセットになっているヤツは気になったけれど、Lサイズオンリーだということで選択肢から除外した。代わりに、Sサイズでハーフ&ハーフと呼ばれる二種セットになっているものを二つ選ぶことにした。それからサイドメニューにオニオン&ポテトフライ。こういうのつい頼みたくなります、と日向くんが言う気持ちは、俺も十二分に解る。ネットでも注文できるようだったが、まぁ電話した方が早いしな、とさっそく電話をかけた。何に感心したんだか、「おぉ…!」とか声を漏らしている日向くんに笑ってしまう。
「はい、そうです。はい、今日の、あ、ほんとですか」
短いコールで出たピザ屋はどうやら混雑も無いらしく、一時間ほどで届けてくれるらしい。早い。大丈夫です、と答えている辺りで
「あー二口さん、これ! これも! サイドメニューの4番!」
「は?」
唐突に日向くんが声を上げて電話に割り込んできた。なに、4番? ってなに? と思っている内に、電話の向こうにも届いたようで、「あぁ、4番からあげチーズですね。追加しますか?」。えっなにソレおいしそう。
「お願いします」
そしてその一言が、俺たちの命取りとなったのだった。



「もー…からあげとか追加したの誰?!」
「お願いしたのは二口さんだもん…!」
結論からいうと二時間半後、俺たちはピザを持て余していた。味はおいしい。すげーおいしい。次の機会もここのピザにしようと思うくらいにはおいしい。ただ、多い。いやピザ屋は悪くない。悪くない判ってる。
「だっておいしそうじゃないですか! からあげにピザ屋さんのチーズソースですよ?!」
「わかるよおいしいよそうじゃないよ!」
いやウンそうこれはピザ屋だって日向くんだって俺だって、きっと誰も悪くないのだ。ちょっとサイドメニューが想定よりも多くて、ちょっとピザが想定よりも大きかっただけのことなのだ。そう。だけ。まぁ現状、オニオンフライとからあげが半分ほど、ポテトが三分の二ほど残っているけど。ピザの方も、ハーフで組み合わせた四種類、多少は味が偏りつつもだいたい三分の一ほどがまだテーブルの上を占拠しているけど!
「うあーでもこれおいしーい…もう冷めてきたのにまだ美味しいとか天才かー…」
ウチにあったせめてもの爽やかさ、ペットボトルの烏龍茶のおかわりをコップに注ぎながら日向くんが言う。ついでに「飲みますよね」とか言って半分ほどに減っていた俺のコップの方にも注ぎ足すんだから、そういうとこだよ、と心の中でこっそりと思ってしまう。
「わかる…もうわりと限界を感じるのにからあげを口に入れたい…」
ピザに使われているトマトソースも、しっかりとトマトの味がしていたし、カリカリのベーコンやほうれん草、魚介類やクリームソースだって濃厚で、とろとろのチーズも数種類の味がした。カリッと揚げられたからあげには、つけるタイプのチーズソースが付属していてこれまた絶品だったし、それをオニオンフライにつけるのもなかなかオツだった。あーうん、そう、おいしかった。おいしかっ…まだあるけど!
「あー…もうこれは明日もピザコースですね…」
え。ごくごくと、烏龍茶を半分ほど飲んだ日向くんが、こん、と判決でも言い渡すような勢いでコップをテーブルに置いた。あした?
「二口さん、もう残りは明日にしましょー…俺もうギブ」
「…えー、責任持って明日もちゃんと食ってよ、日向くん?」
って、とりあえず言ってみるん、だけども。どうとでも取れるように、冗談にも聞こえるように明日も食べにおいでとも聞こえるように、なんなら、
「そりゃもちろん! 遅めに起きて朝昼兼用くらいの気持ちで食べれば、午前中からイケると思うんですよね!」
やっぱりおまえ、ほんと、そーゆーこと平気で言うっていうか、もう、そう、そういうとこですよ日向くん! それはつまり、やっぱりつまり、結局つまり、今日泊まっていく気満々ですねアナタ?!
「あーだめだ、いまDVD見たら眠くなると思う…! 二口さん、ちょっと休憩して良いですか…!」
「えっ、あ、ウン、休憩、どうぞ」
「なんでカタコト!」
俺の心中なんて察するわけもない日向くんは、楽しそうに噴き出してから、ぐあ、と背もたれ代わりにしていたベッドに上半身を預けて伸びをする。ちっちぇえ、伸びキツそう、満腹で限界ってわりにまぁ、幸せそうな顔、してる、よな。
「とりあえず、まとめちゃうからね」
「あざーす!」
何かしないと落ち着かない。所々、円を為していないピザをひとつの箱にまとめて、オニオンもポテトもからあげも、ひとつの箱に入れてしまおう。キッチンに持ってって、片付けて、ついでにテーブルを拭いて、そうそういつも通り、いやいつもより正直ちょっと丁寧にやってるけど。そりゃまあもちろん、
「てかすぐ片すのエライっすね二口さん。デキるオトコ感ある!」
「だろ? まぁ褒めても何も出ねぇけど」
もちろん俺は好きな子の前でカッコつけたいのでね?! ことさら余裕ぶって笑う。ピザ落とさなくてほんと良かった。烏龍茶こぼさなくてほんと良かった。「うそ、出ますよぉ」、は?
「俺の評価が上がります! さっすがイケメン!」
「いやそれ俺からはやっぱなんも出てねぇじゃん」
「…あ。いや違う違う『褒める日向は良い子だなー』って、俺自身の評価が上がるってことですよ!」
「いやそれ百パーいま思いついたでしょ日向くん」
「エッなんのことだか!」
言って日向くんはけらけらと笑う。ぐっと手を伸ばしてコップを探すから、手元に持っていってやった。あざーす、と軽い調子でまた笑う、その声が心地良い。あーもーそんな評価なんか、いまさら上がらなくて良いくらい、ずっとずっと上がりっぱなしだっつーの。
「もーちょっとしたら、DVD続き見ましょーね!」
「はいはい。次、三時間だっけ?」
なげぇ、とまた笑い声。そうだ明るい夜はまだ、これからなのだ。二人で見るならきっとあっという間だよ、なんて言葉は勇気が足りずに飲み込んで、代わりに「イケるイケる!」と、俺は軽い調子で笑ってみせた。