二口くん、誕生日おめでとう。二年目 |
ピンポン、と玄関チャイムが鳴った。現在時刻は、八時半過ぎ。先ほどオートロックを開けたから、誰が来たかは判っている。日向くんだ。 「いらっしゃい」 「こんばんは! おじゃましまーす!」 上擦る声を押さえて、扉を支える。わりと大きめのリュックを背負って、それなりに大きな無地の紙袋が右手、日向くんの働くケーキショップの紙袋が左手。大荷物だ。俺の脇をすり抜けて、あざーすなんて言いながら日向くんは中へと入っていく。 「思ったより早かったね。九時ぐらいっつってなかったっけ?」 「あ、スガさんが送ってくれたんですよ!」 「えっ」 スガさん、って、日向くんの働くケーキ屋の店長だよな。嘘だろ。いや仲良いっていつも言ってたけど! 「ケーキ焼くのに厨房ちょっと使わせてもらってたんですけど、それ持ってくなら原付や徒歩じゃ大変だろって」 「そっ、か」 すごいな…。スガさんが優しいのか日向くんがすごいのかどっち、と思いかけて、まぁどう考えても日向くんが愛されてるよなと結論付ける。たまに店に遊びに行った時も、たいていお客さんと楽しそうに話しているところを見かけるのだ。そもそも日向くんの良さなんて、自分が身をもって体感している。 「それにしても、結構な荷物だね。あ、言われたとおり、シチュー作ってあるよ」 「わーいやった! 手作りシチュー!」 「ンッ、まぁ、そう、だけども」 ごめん切って炒めて市販のルー使ったけど良かったかな?! 予想以上のレスポンスで思わず言葉に詰まる。日向くんは気にしないようで、テーブルへ慎重な面持ちで二つの紙袋を置いたあと、さらにリュックもテーブルにのせ、え? 中身を、中からタッパーを、取り出し始めた。なに? 「なにそれ?」 「あっシチューっていうか、パンに合うおかずも作ってきたんですよ!」 「えっ」 なんて? パンに合うおかず? 「そっちの袋はアレ、バゲットとか、駅前のパン屋さんの!」 「えっ」 その紙袋そうなんだ? いやてゆかそうじゃなくて 「あっもしかしてシチューに米派ですか?! パーティーならパンでもかっけーかなって思ったんですけど! 二口さんおしゃれだし!」 「待って最後の要る?!」 「へっ?」 斜め上へ続いた発言に思わずツッコんでしまった。いやもう待ってほんと待って、しかし俺の動揺なんて伝わらなかったらしい。日向くんは「最後の? これですか?」と最後にリュックから取り出したタッパーを指さして首を傾げるだけだ。鈍感なのか敢えてのスルーなのか、…俺の言葉に興味なんて無いのか。いや興味無くはないよねたぶん。証拠に、「なんかアレルギーとか嫌いなのとか入ってました?」と眉を下げ始めている。 「あーごめん違う違います大丈夫! どれもおいしそうだなって。でもウチそんなに皿は無いから、申し訳ないけど直ね」 「あ、はい! それはだいじょぶです!」 繕うように並べ立てた言葉に、日向くんは気を取り直したようにニコリと笑った。良い子だ。本当に。それから、三つほど積んだタッパーを横に退け、リュックも床へ下ろして、大仕事と言わんばかりの慎重さでケーキショップの紙袋へと手を伸ばした。気持ちは、わかる。なんならきっと、本人よりも。 「あと、これ。あの、一応、俺からのプレゼント、なんですけど」 「うん」 さっきまではしゃいでいたのに、急に歯切れが悪くなる言葉が可愛すぎる。そもそもそれ以外だって、なんなら来てくれたこと自体が、もうプレゼントだろ。そわと視線を彷徨わせたのち、意を決したように紙袋から箱を取り出し、日向くんはその横合いをぱかりと開いた。 「去年と同じく、シンプル系にしてみました。あと今年は、ちょっと旬を意識して」 言いながら、するすると滑らせるようにしてケーキを取り出していく。箱から考えても、去年と同じくらいの小振りの大きさのケーキだろう。ああ、去年と、比較できてしまうのがすごい。二回目の、俺の誕生日。 「すっげ…!」 「ブドウとか、甘ったるくない感じに仕上げました。いつもケーキ選ぶ時も、二口さん、タルト系とか多いような気がして」 お口に合えば良いんですけど、と日向くんは少し照れたような、はにかんだ表情を見せる。テーブルに顔を出したケーキは、やはり手のひらを広げたら掴めてしまいそうなサイズで、下の方は砕いたクッキーみたいなので囲われていた。たぶん、タルトっぽくなっているのだろう。上の方は真っ白なクリームがすごくきれいで、一面に色とりどりのブドウが飾ってあった。色も形も大きさも様々、もしかしたら一種類のブドウじゃないのかもしれない。艶めいて光るのがとても美味しそうで、でもいっそ、宝石みたいな綺麗さで。 「やば…なにこれ…すご…すごいね、日向くん…!」 「見た目は良いでしょ! 味もダイジョブなはずです!」 「いや絶対おいしいでしょこんなの! 日向くんが作ったのでまずかったことなんかないし!」 「! へへ、あざーす」 勢い込んで告げた台詞に、日向くんの顔がふにゃふにゃと崩れた。いやうそ、めちゃ、かわいい。緩む頬が、下がる目尻が、一分の隙も無く全身で伝えてくる「うれしい」が、あーたぶん、イトシイ。 「…なぁこれ、今から食べたらだめ?」 こんなような台詞、去年も言わなかったっけ、と我ながら笑ってしまう。語尾が震えたのはごまかせただろうか。俺の言葉に、日向くんは照れの残る表情で、唇を「えー」と尖らせる。 「ケーキなんだからデザートにしましょーよー。俺、二口さんのシチュー食べたいもん」 あ、言うに事欠いてその話しちゃうの。日向くんの可愛げが過ぎる。そりゃあの鍋の中身はほぼ市販品みたいなもんだ、まずくはないだろう。そんで確かに俺がぶち込んだという点で俺のシチュー、なんだろうけど。 「…俺、日向くんのケーキ食べたいもん」 口調を真似て、拗ねた顔して告げてみた。ら。 「っ…ずっる、マジずるい超ずるい意味わかんないだめ後で! 俺が耐えらんないス!」 「なにそれー」 褒められることの方が多いだろうに、慣れないのか真っ赤になってバッと顔を背けた日向くんが、取り繕うように「つか俺、こっちだってわりと頑張ったんですよ! こないだのイタリアンの店、あそこでレシピ聞いたりしたし! 自信作! ねっ!」なんて早口に並べ立てる。あーそうかそういえば俺、長期戦って、決めたんだっけ。 「おーマジだ、おいしそう! 店みたいじゃんタッパーだけど!」 「でしょ! 自信作ですよタッパーだけど!」 乗っかって流した話題に、同じようにして日向くんが乗ってきた。これみよがしに二人して付け足した言葉に、思わず噴いてしまう。ああ、もう、ほんとに。 「ふは、オッケー、シチューあっためるわ。それもあっためる?」 「あーこれはあっためます! あとバゲット切ります!」 「マジで? フツーの包丁しかねぇけど」 「包丁あればダイジョブです!」 言った日向くんが、慎重にケーキを箱に戻して冷蔵庫へと持っていく。俺もタッパーを手についていって、レンジとコンロを用意。ああ、食卓を作っている、感じがする。冷蔵庫の上に置いてあるレンジの扉を閉めたところで、日向くんが頭をぶたないようにか、ちらりと上を向いた。そして、「あの」。 「もう言いたいんで言っても良いですか」 「ん?」 「二口さん、お誕生日おめでとうございます!」 「いやあと五分もないでしょ準備! ふふっ、は、うん、ありがとう」 突然告げられたお祝いに、上擦った声、気持ちはちゃんと、伝えられただろうか。えへへと笑って立ち上がる日向くんを避けながら、パンの紙袋を取りに行く後ろ姿を眺める。去年は、そうだ外で、自販機に向かう後ろ姿だった。ああ一年過ごしたのだと、なんだか感慨深く、思う。「ありがと、日向くん」、ぽつりと呟いた声は小さくて、すぐに空気に溶けていく。 「えー? なんか言いましたー?」 「なんも! 切るの応援するよー」 「いやそこは『手伝うよ』では?!」 「ウチ包丁一本しかないもん。ちぎっていーの?」 「あーだめだーそれはだめだーダサいー」 くだらない会話が、すごく心地良い。だろ、と笑って隣に並んだ。できれば日向くんの誕生日も、来年の誕生日も、こうやって馬鹿みたいに、会話していたい。そう、長期戦って! 決めたので!! |