二口とひなたとグミの話
 「二口さん、この前もそれ食べてましたよね」
「へ?」
言って日向くんは、俺の口元を指さした。それ、…これ?
「そーだっけ?」
「そうですよー。味は違ったけど」
よく見てるなぁと思う。確かに、そうかもしれない。公園のベンチで広げているのは、サンドイッチふたつとペットボトルのお茶、そして指摘を受けたグミ。どれも、来る途中で寄ったコンビニで買ったやつだ。前回も食べていたかどうかは記憶にないけれど、わりと頻繁に食べている自覚はある。
「このシリーズ、ちゃんと酸っぱくて、けっこー好きなんだよね」
「へぇ」
俺の返答に、しつれーしまーすなんて呟きながらパッケージを手に取る日向くん。引っくり返してまじまじと見詰めている。俺は、そんな横顔をちらちらと見る。こうやって、休憩を合わせて外で昼を食べるのも何回目かだ。過ごしやすい季節になって、なんとなく距離も縮んでいる…気がする。と言っても、青根と日向くんが一緒に食ってる回数の方が断然多いんだけど。いやそれはスタート地点が違うから仕方ない。仕方ないのだ。俺は無理やり納得するように、口に放り込んでいたグミをごくんと呑み込む。
「俺、これの果汁シリーズなら食べたことあります!」
「あーそれも美味しいよね」

 なんてことがあったのが、つい先日。
「ただいまー」
「あっ、おかえりなさい!」
「ンン?!」
配送を終えて帰ってきたら、カウンター付近で日向くんがパッとこちらを向いた。いや、え? なん、は? 事務所に返しに行くつもりで指先で回していた車の鍵を、思わず床に落としてしまう。完全に油断していたところへの、おかえりなさいの破壊力はヤバイ。ヤバすぎる。とりあえず落とした鍵を拾って、バレないように深呼吸だ。俺がその場で立ち止まってしまったせいだろう、日向くんはカウンターを離れて寄ってきた。
「良かった! もう帰らなきゃいけなかったんですけど、間に合いました!」
「へっ、あ、ウン」
立ち上がる俺を覗き込むように言ってくるので、思わず仰け反ってしまう。いや身長差がね、あるからね、そう、当然なんだけど、なんだけどね?! 変な相槌を打って固まった俺に、日向くんは構わずにこりと口角を上げて、「二口さん、これ!」。いや上目遣い、ちょっと待って、もう一歩下がって、ってか何?!
「え、うん、なに?」
「好きなのかなーと思って、作ってきました!」
「へ?」
落ち着いて手元を見ると、ビニール袋。と言っても持ち手がついてるタイプのじゃなくて、口の上の部分を針金っぽいヤツで留めてある、いかにもお菓子を入れてプレゼントしそうなやつだ。そう、お菓子を入れてある。え、中身なに。え?
「…グミ?」
「そーです! 酸っぱいの好きって言ってたから、レモンとか、酸っぱそうなので作ったんですけど…」
「まっ、ちょ待って待って待って、グミって作れんの?!」
マジか。俺の中で、グミは買うものだった。いや別に他の、ケーキでもクッキーでもなんでも、いわゆるスイーツの類は買うものなんだけど。俺の驚きように一瞬だけぱちくりと目を瞬かせたあと、日向くんはおかしそうに噴き出して、「簡単ですよ!」と言う。
「ジュースがベースなんで、言うほど酸っぱくはないんですけど…良かったら」
「いや全然、そんな、いや、ありがとう!」
かさりと音を立てて渡される袋、ぎゅっと握ってしまいそうになる。片手で掴めるくらいのサイズで、黄色とオレンジ色の丸っこい形のグミが入っていた。すごい。特になんのラベルもなく、口のところを針金で簡単に留めてあって、その簡素さにも、ああほんとに手作りなんだと感動してしまう。すごい。
「口に合わなかったら無理しないでくださいね!」
「いや大丈夫でしょ、ぜってー合うから!」
「根拠の無い自信!」
食い気味に言った俺に日向くんが笑いながらツッコんできた。ついでに、視界の隅で青根が顔を背けて肩を震わせているのも目に入る。てめぇ後で分けてやんねぇからな?! とか思ってるうちに「じゃあ俺、行きますね」、日向くんがまたにこりと笑って、俺とすれ違うような形で入口の方へと歩き出す。
「あっうん、引き留めてごめん。これ、ありがとう!」
もらったグミを軽く掲げて背中に声を掛ける。大切に食べるね、という言葉はちょっと重すぎるかと呑み込んだ。それでも入口の扉を押そうと手をかけていた日向くんは振り返って、「ふふ、あざーっす!」。ああもうほんと、そういうところだよ。それからなんの迷いもなく扉を開けて、彼は出ていく。青根が俺の隣に並んで、「おつかいで宅配を出してきたついでだったらしい」と告げてくる。あーなに笑った罪滅ぼしですか青根サン? そんな、わざわざ、日向くんが俺に渡しにきたみたいな話を、俺にしちゃうわけね? あぁ、もう!
「…三つくらいなら分けてやる」