二口さんちでおしるこ作って食べる話
「二口さん、いーもの持ってきましたよー」
「ん? なに?」
「じゃーん、おしるこ作りましょ、おしるこ!」
そう言って日向くんが掲げたのは、コンビニの袋だった。かすかに透ける白い袋から見えるのは、何かの缶詰と、カップ麺っぽい容器。…おしるこを、それで?
 とりあえず日向くんを部屋の中に入れて、「おしるこって、小豆のアレだよな? それを今から?」と尋ねる。実家で作っていた記憶もあまりないし、食べた記憶もさほどないが、なんだか小豆は時間がかかるイメージがあるのだけれど。俺が首を傾げていると、日向くんは「手抜きバージョンなんで!」と袋から缶詰…ゆであずきの缶を取り出して見せた。スーパーや、たまにコンビニなんかでも、見かけるやつだ。
「缶詰で作るの?」
「そっす! なべ借りますね!」
言うが早いか、日向くんは手を洗って、シンクの下に取り付けられた棚を開いた。もう何度かウチに来たことがあるからなのか、勝手知ったる…という様子にちょっとなんていうか、ちょっと、照れる。とか思っている内に日向くんは取り出した鍋に、持ってきていたあずき缶の中身を移す。横着してこんこんと鍋の内側、側面へ缶を叩きながら中身を全て落としている。それから、計量カップを取り出して水を計り始めた。
「あー、あずきを水で薄める的な」
「薄めるっていうのだめー。とかすとかにしましょーよ!」
俺が身もふたもない言い方をしたせいか、日向くんがぶすーと口を尖らせるようにして拗ねて見せる。が、次の瞬間には楽しそうに笑って、「まぁ薄めるだけなんですぐできます!」、結局薄めるとか言いやがる。このヤロウ。持ち出した木のへらでぐるぐるとかき混ぜられているなべの中身は、徐々に沸騰してきているのか、ふつふつと動きを見せていた。そんな様子をぼんやり見ていた俺をふいと仰いで、日向くんは言う、「二口さん、モチってまだありますよね?」。
「うわ無かったらどうすんの、レンチンで良い?」
「あるって信じてたんで! レンチンで良いです!」
なるほど、おしるこの発端はそこか、と思う。俺は今年、近くの商店街のあちこちでモチをもらったのだ。結構な量になって、その話を日向くんにしたことがある。その時にモチの食べ方のひとつとして、そういえばおしるこの話もした、ような気がする。俺はレンジの扉を開いて、器に入れたモチを放り込む。つかこれレンチンし過ぎるとめちゃふくれるよなぁ。本当はモチが焼けるトースターとかあれば良かったんだけど。
「あ、その器、おしるこ入りそうです? 入れられる器あります?」
「あー、茶碗あるけどそれで良い?」
「いっす!」
言っている内に、モチがふくらみ始めていた。やばい。これもう出した方が良いだろうか、と思っている辺りで、日向くんがキッチンの上部に取り付けられている棚を開けて、茶碗を手に取っている。マジか。あ、いやとりあえずモチ! ふくらみかけた白いそれに焦って、レンジの扉を開く。オッケー、これは張り付いても爆発してもいないし、セーフだろ。日向くんが取り出した茶碗にぐっと削り取るようにして放り込む。シンクの近く、作業台の上に置かれた茶碗、そこへ日向くんがおたまを使っておしるこをかける。モチを覆うように、隠れるように、かける、かけ、「…あ、あーやべ多い!」、おい!
「ちょっと何してんの日向くん! 二回目とか分ければ良かったじゃん!」
「いやイケると思ったんすよ!」
茶碗の縁、ぎりぎりまでおしるこが投入された。ナニコレ。いやイケないでしょ気付いてよこれ持ち運びも出来ないんだけども?! 俺がじとりと視線を送ったせいか、てへ、と日向くんはわざとらしく、つまりあざとく笑って「おしるこできました!」。あーうんそうだねそうですね美味しそうですね?! 結局、俺も日向くんも器へとゆっくり顔を近付けて、行儀が悪いことは百も承知だ、ずず、と少しだけすすった。甘い。思ったよりも、しっかりとしたおしるこの味だ。もっとこう、あずきとお湯、みたいになっているかと思ったのに。少し減った中身に、ちょっと一息つくような気持ちで顔を上げた。ら。タイミング良く日向くんの顔も上がった。
「…うまいスか」
「…うまいスね」
まるでおうむ返しするように頷いてしまった。至近距離、視線が絡んで空白二秒、つい同時に噴き出す。なんだ、なんだこれ。
「ふっ、ふは、ちょっと減ったし、向こう持ってこ」
「ふふ、はーい」
まだ笑いの滲んだ声でとりあえず促す。自室の方ならこたつもあるし、そっちにしよ。取り出した箸と、汁椀代わりの器を持って歩き出す。この量ならこぼれないだろ。俺の行動を真似て、日向くんも箸を持ってついてくる。割り箸じゃなくて、箸。それを、持って。あーもー。先を歩いてて良かった。こたつの上におしるこを置いて、入んなよ、と言う。良い子の返事をした日向くんも同じようにおしるこを置いて、…あれ、持ってきた袋もこちらに移動させている。こたつに入る前に「二口さん」と俺を呼ぶ。え、なに。あ、てゆか、その袋、中身。
「…そばも持ってきたんですけど、一緒に食べません、か」
うそマジで。マジすか。それって、それって。
「…年越しそばスか」
「…年越しそばスね」
小さく笑んで、まるで悪戯が見つかったみたいな顔をして言う。いや正直、遊びに行って良いですか、って、連絡が来た時点で、まぁちょっと、いや結構、期待はしてたんだけど。
「…初詣、一緒に行こ」
「わー良いんすか! あの、商店街の近くに神社あるの知ってます?!」
俺のわりと勇気を振り絞った言葉に、日向くんの顔がぱっと輝いた。それから、その神社で新年には甘酒の振る舞いがあるとか、商店街の人が主催してるから知り合いもいるはずだとか、そんな話が続いていく。あぁ。俺は来年も、日向くんがどうしようもなく好きなんだろう。数時間後に控える来年が、待ちきれない気持ちにすらなる。こんなの、いつぶりだろう。
「あっ二口さん、紅白見る派ですか?! 何時に出ましょう?!」
「つーかその前に、夕飯どーするか考えようぜ」
にこにことおしるこを食べながら話し始めた彼の斜め向かいに座って、俺も、甘くてやさしいおしるこに口を付けた。