二口さんとプリン作る話 |
「…プリン食べてぇな」 「唐突になんですか」 二口が、こたつに入ったまま天板に頬をべたりとくっつけて言った。正面には日向が座っていて、きょとんとした顔で訊き返す。 「あれです」 「へ? あー、プッチンプリン。懐かしいっすね」 二口は体勢を変えないまま、ついとあごを小さく動かしてテレビを示した。つけっぱなしのテレビはバラエティが終わってドラマに切り替わっており、そのドラマの中で幼い少年が母親と二人、よくある定番の三連プリンをつついている。残りはお父さんのね、なんて言っていて微笑ましい。 「黄金か青根に連絡して買ってきてもらおうかなー」 「そんなにですか」 これから、四人で集まって鍋の予定だった。元より用事が在った青根は後から合流予定で、食材切っときますよと買って出た日向が会場たる二口の家に早めにやってきていた。ちなみに黄金川は肉類を調達して来訪予定だったが、バスが遅れているとのことでまだ到着していない。ゆえに準備万端の状態で二人、暇を持て余しているのだ。 「なんか、そういうの食べたくなる時あるじゃん。急に」 「まぁそうですね」 「んで一回意識すると、なんかもう、めちゃめちゃそういう気分になる時あるじゃん」 「まぁそうですね」 「今それ。ってかお前、まったく興味ねぇだろ」 お座成りな返しにぷすりとふくれながら二口が言う。ドラマは話が進んで、夜中に帰ってきた父親が子供の気遣いに頬を緩めていた。プリンが画面から消えて、二口は目だけで日向を責める。が。 「うーん、プッチン出来ないけど作れますよとは思ってます」 「へ?」 日向は、事も無げにそう言った。そして、まだ卵あるし、と続ける。いや何その冷蔵庫事情は把握してますみたいな台詞、と一瞬顔が緩みかけた二口だったが、「いや卵だけ在ったって」、無理やり皮肉気な顔を繕った。 「んー…いけますよ。作りましょうか」 「うっそ、マジで?」 「マジです」 言って日向は立ち上がる。立ち上がって、ぱかり冷蔵庫を開けた。卵あるし牛乳あるし、と呟きながら「あーでも茶こし無いか。ま、それっぽいザルでいっか」なんて一人納得している。その様子がいやに現実味を帯びていて、つい二口もこたつを出て隣に立った。 「…マジで?」 「マジです。作ります?」 「おぉ…! 作れます?」 「ふは! 作ります」 堪えきれず噴いてから、日向は力強く請け負った。卵や牛乳、計量カップなんかを取り出していく。それから「あ、レンチンしても良いカップあります?」と二口に向き直る。 「カップ」 「プリンの容器っす」 「あー…揃ってなくて良いよな」 「だいたい同じなら良いっすよ」 オッケと頷いて、二口がキッチンの上部に備え付けてある棚から幾つか取り出した。ぐいのみやマグカップの類だったが、まぁ及第点だろう。ちょっと分量増やそ、なんて言いながら日向が受け取った。その器に砂糖と水を入れてまぜ、二口に手渡す。 「レンチン、一分くらいっす」 「あ、俺もやる系なのな?」 「レンチンも出来ない男だとは思わなかったです」 「いややるから。やれるから。やれば出来るから」 「さっすが二口さん!」 「うるせーわ」 軽口を叩き合いながら日向の手もそのまま止まらず、ボウルに卵を割り入れる。次いで牛乳や砂糖を投入する頃には、レンジが鳴った。出来た、と取り出して、二口はキッチンの空いたスペースにそれを並べる。ちらりと確認して、日向がそこへ少しだけ湯を足してかき混ぜる。色はもうカラメルだった。少しぼこぼこと泡立って、偶に撥ねる。 「あと、良いっすか」 「おんなじ感じ?」 「っす」 湯を差し入れた小さなスプーンを二口に手渡して、日向はプリン液の方の作業に戻った。と言っても、粗方もう混ざっているので、次はザルを探している。キッチン下の収納スペースを開けながら「あー、これでいっか」と程無くしてひとつ取り出した。 「出来ました?」 「やれば出来る男なので」 「さすがっす」 適当な返事をして、日向は器の上にザルを持っていく。それなりに目も細かいし、まぁ良いだろう。ザルを介して、器にプリン液を注ぎ入れた。 「あー、『こす』ってヤツか」 「『こす』ってヤツですね。茶こしとか在れば良いんですけど、まぁこれでもそこそこ」 言いながら、等分に分け入れる。最後に切るように軽く振って、ザルを外した。シンクに置いて、「レンチンっす」と容器を持ち上げる。察した二口が開けたレンジの扉、日向はとんとんと四つ、プリン未満を並べて入れた。 「こんなもんかな」 「みじけーな」 ぐっとダイヤルを捻って、それから戻す。一分少々といったところだろうか。容器がばらばらなので不安が残るところではあるが、まぁ取り敢えず問題ない。あとは使ったボウルを片付けて、と振り返ったところで「これ、もう良い?」。二口が、シンクを指差した。 「さすが、やれば出来る男ですね」 「だろ?」 暗に片付ける様子を見せたドヤ顔の二口にそちらは任せることにして、ふふと頬を緩めた日向はレンジの中を覗いていた。少しずつではあるが、固まってきている感じを受ける。しかし、「んー…足りないかな」とダイヤルを再び捻った。二口が片付けをしてくれるということは、自分はこれを監視していられるということだ。時間設定を気にせず、適当なところまで回して庫内を見詰め続ける。洗い終えた二口も、ひょいと同じく覗き込んできた。 「もう出来るの?」 「そうですね。…あー…こんなもんっすかね」 言って日向は、ダイヤルをゼロにした。強制的に「チン!」という終了音が鳴る。取り出した器の中で、固まった液体がぷるんと揺れた。これはもう、どう見てもプリンだ。 「おぉ…!」 「あとは粗熱を取ってから冷蔵庫で冷やしたら食べれますよ」 日向はそう言って、ニッと、プリンに視線を注いでいた二口を見上げた。それに気付いて、「すげぇなお前!」。 「つか、俺んちでもマジでプリンとか作れるんだな」 「まぁ簡単に作る分、味もそれなりに簡単ですけど」 「いやいや充分だろ、これ」 と、そうこうしている内にこたつの方、置きっ放しだった二口のスマートフォンがメッセージの着信を告げた。発信は、黄金川。最寄りのバス停に着いた、スーパーで食材を調達して向かう、そんなような内容で、確認した二口は日向に「黄金、もう三十分くらいで来れそう」と伝える。 「了解っす。じゃあ黄金きたら冷蔵庫に入れますか」 「おぉ…! んじゃ今日のデザートはプリンだな!」 楽しみ! とテンション高く二口が言う。それから不意に、ありがとな、と労うように笑んで付け足した。 「…二口さんって、たまにびっくりするほどイケメンですよね」 「あっれ俺の顔面、いつも一緒だと思うんだけどなぁ」 目を丸くして、それからしみじみと呟いた日向に、二口は肩を竦めて悪戯っぽく返した。 「ならいつもイケメンですね」 「だろ? 知ってた知ってた」 軽口を叩いて、それから結局、やることも無くなってこたつに入ろうと移動する。黄金はやくーなんて呟いたあと、思いついたように二口が「そーいえばさ」。 「俺、最近このゲーム、ハマってるんだよね」 「なんですか?」 斜めに向かい合って座った日向が、二口が傾けて示したスマートフォンの画面をひょいと覗き込んだ。 |