二口と日向/セカンドコンタクト 前半
「こんにちはー!」
「あ、日向くん」
昼過ぎ、午後のワイドショーも始まりそうな時間に、見知った顔が戸口に姿を見せた。俺はカウンターの中、向かっていたパソコンから視線を移す。「あれ、二口さんだけですか?」と店内を見回しながら入ってくる彼に「おー」と適当な返事をした。
「どうしたの? 青根に用事?」
「いや、こっちの方のコンビニまで来たんで、ついでに寄ってみちゃいました」
「へぇ」
カウンターまでやってきて、にこ、と笑う。今日が二回目の邂逅だというのに、やはりずいぶんと人懐っこい。しかも、カウンターや壁、棚にもたれるわけでもなく、傍らで真っ直ぐに立っている、というのは好感が持てた。と、そこまで観察してふと気付く。
「手ぶら?」
「あぁ、店のおつかいで荷物出しに行ってきたんで」
「なるほど」
取り扱っているコンビニが限られているタイプの荷物だったんだろう。告げられた理由は納得がいくもので、大変だなぁと内心思う。…あれコレやばくね? 会話が終わるよね? 俺は別に青根のような無口ではないが、特別おしゃべりなヤツ(チャラいとは表現しない)というわけでもない。もちろん、盛り上げ役になることもあるしコミュニケーションは苦手ではない。が。いや待って畑違い過ぎて、何を話したら良いのか判らない。情報が「あ、そーいえば」おぉ。
「青根さんがこないだ…一週間くらい前かな、シュークリーム買っていってくれたんですけど、二口さん、食べました?」
「シュークリーム?」
ちら、と日向くんがこちらを窺うように見る。シュークリーム。一週間くらい前。キーワードを元に思い出してみるが、「いや、たぶん食べてないな」。ここ最近、甘いものを食べた記憶は無い。
「あ、そーなんですか? なんだ、てっきり二口さんと食べるのかと思ってたけど、違ったんですね」
「いやぁ、そもそも青根はあんまり、ここでモノを食わない気がする」
外食で済ませているのか持ってきていてどこかで食べているのかは知らないが、昼休憩はたいがいふらりと出ていって、五分前くらいに戻ってくる。事務所には休憩スペースもあるが、そこにいる姿はあまり見なかった。俺が思い出すように言えば、「へぇ」と相槌を打った日向くんが「じゃあ二口さん、食べたことないんですね」と続ける。
「シュークリーム?」
「というか、ウチの店のお菓子、ですね。スガさんのお菓子。もうほんっと美味しいんですよ! びっくりするくらい!」
そう口にする日向くんは、本当に幸せそうだ。どれくらい入れ込んでいるのかが、よくわかる気がする。両手を頬に当てて、はぁ~っと、うっとりという表現がよく似合う溜息を吐く。それ二十五歳の仕草かよ、というツッコミを飲み込むくらい、似合ってしまっているのが面白い。
「好きなんだな、お菓子」
思わずふっと笑ってしまった。好きは伝わる。美味しいも、伝わる。甘いものをさほど好んでいるわけじゃない俺まで、なんだか食べたくなってくる。
「はい! スガさんのは、ほんっと特に! あっそうだ、良かったら今度、二口さんに持ってきましょうか!」
勢い込んで提案してきた日向くんに、ゆるゆると首を振る。
「いーよ。今度、ほんとに買いに行かせてもらいマス」
わぁぜひ! と笑う顔は、やっぱり晴れ渡った空をうつしたみたいだった。
二口と日向/セカンドコンタクト 後半
「はー…しかし食べものの話するとますます腹減る」
「あれ? お昼、食べてないんですか?」
俺はべとりとカウンターに頬をつけて項垂れた。少々行儀が悪い、し、客の前でやる仕草ではない、が、ちょっと許されたい。その気持ちを汲んでくれたのか元々気にしないタチなのか、日向くんはフツーのトーンで首を傾げた。そう、そうなんですよ。と俺は頷く。一応、顔を上げる。
「青根が、配送に行ってて休憩も取ってるから、戻ってくるまで交代できない」
「配送」
告げた言葉が新鮮だったのだろう。日向くんは、俺の出した単語を確かめるように繰り返した。バイクショップでは販売も修理も行う。受け渡しをここで出来る客ばかりではないし、まぁそんなこんなで、外出することも案外と間々あるのだ。
「大変なんですね。…あ、そーだ!」
「ん?」
しみじみと言った日向くんだったが、唐突に閃いたような声を上げる。それから、ごそごそとポケットに手を突っ込んだ。もぞもぞ動いた手はやがて、にゅっと突き出される。握った拳が、ぱっと開かれて、ころん。
「良かったら、あめちゃん食べます?!」
「…『あめちゃん』」
てのひらの中、転がったのは両端を引っ張って開封する方式の大玉キャンディーだった。いやそれよりも。
「コーラとソーダとオレンジです!」
「待って、待って待って日向くん、『あめちゃん』?」
にこりと笑って差し出された日向くんの手。キャンディー。しかし聞き捨てられなかった表現が俺に引っ掛かる。のに、日向くんは「ちょっとは足しになりません?」と首を傾げる。俺の人生で「あめちゃん」なんて表現するのは、大阪のオバチャンだとイメージが固まっていたのだが。
「じゃあ、とりあえず、コーラで…」
「はーい!」
気付く様子も引く気もまったくないらしい日向くんの手から、俺は宣言通りコーラの赤い包みをつまみ上げた。ぴっと両端を引っ張って、ころんと出てくる黒っぽい大玉のあめ、ちゃん。口に放り込む。久々だ、飴なんて。ころん。ころん。
「…日向くんは、大阪出身?」
「いや、どこらへんがですか!」
突然の質問にふっと噴き出した日向くんは、ちがいますよ、と笑いながら、オレンジのあめ…ちゃん、を口に入れる。いややっぱ、あめちゃん、って、めちゃめちゃ違和感があるんですが。どうなんですか。
「飴玉をあめちゃんって呼ぶの、フツーなんですか、お菓子業界?」
知らないけど。もしかしたら、ほらこう、敬意を払っているとかいないとか「へ…っあ!」そんなワケねぇよなやっぱ! 俺の言葉に、日向くんは一瞬きょとんとしたあとで、ばっと口を押さえた。ですよね!
「あー…俺、けっこー年はなれた妹がいて、その妹にずっと『あめちゃんあげるね』って言ってたんで、つい…」
「あぁなるほど」
妹いるんだ? どれくらい年下なのかは判らないけれど、妹にあめを与える兄、は、想像すればかなり微笑ましい。しかもこの容姿に幼さも残る日向くんが、さらに幼いだろう妹に与えるのだ、かわいらしさすらあるんじゃないかと一瞬思って、いや待て俺、想像を追い出す。
「いやぁ業界用語かと思ったよ」
「どんな用語ですか」
気を取り直すように出した適当な発言に、日向くんはくすくす笑う。いつも楽しそうだなぁと思いながら、合わせてへらりと笑ってみせた。まぁ日向くんが言うのなら、俺も使うのも悪くないかもしれない。飴を食べること自体が、数えるほどしかないような気もするけど。ころん。口の中で転がした飴、少し小さくなったそれを、がりんと砕く。
「エッ?!」
「へっ?」
がばりと勢いよく俺を見上げてきた日向くんの目が、飴玉…あめちゃんみたいに、まんまるだ。あ。そうか。
「二口さん、あめちゃん噛んじゃう派ですか…!」
「そーですね、あめちゃん噛んじゃう派ですね…!」
わなりと震えて告げられた言葉、つられて思わず、同じように返してしまった。三秒の沈黙、「ちょっとバカにしてるでしょそれー!」と噴き出した日向くんに「いやいや俺も『あめちゃん』に鞍替えしたから」と告げておく!