穏やかな夏の終わりだった。
彼の背中に、翼が生えた。
鳥式オーシャンヴュウ
昼食終わりの夏休み、クラス内の人口密度は、酷く疎らだ。
先程までは多少出入りも在ったけれど、出掛ける者は出て、居つく者は居つき、すっかり落ち着いている。
其の中で自分は、ぐったりとしていた。
ぐったり・・・というのは先輩曰く、『まったり』の最上級だそうだ。
教室の左隅、窓際から一列内側、一番後ろの席で、視界一杯に教室―――つまり、ぼんやりとしていた。
耳からは心地良くMD、寄せる音波は届くような届かないような。
窓にはカーテンが引かれていて、然して眩しくはない。其れに窓辺には、青年が数人、座っているし。
そう―――青年、永村龍也も、其処に座っていた。
自分の学校は、窓には出窓と呼ばれるスペースが広く在って、悠々と座ったり寝転んだりさえ出来る。
彼は、其処を定位置としているのだ。
学校特有の薄黄色のカーテンを半分だけ引いて、教室の一番後ろの『出窓』に座っていた。
広義で言えば、隣、に、彼は居る。若干、緊張する。
ああ何故なら彼は、美しいのだ。
見目も整っているけれど、何より其の行動に、自分は魅かれている。
自由で大胆、そんな立居振舞は、本当に格好良―――「麗華さん」
「ん、うん?」
「あのさ」
不意に現実に引き戻された。
ぼんやりしていた脳が、目の前の出来事に焦点を合わせる。
平多が自分を覗き込んで、話しかけている。
どうやら授業で解り辛い事が在ったようで、古文のノートを開いていた。
自分は古文なんてノリでやっているのに。いや、全教科人生さえ、ノリだけれど。
「其れでさー、此の漢文なんだけどね」
「漢文? 嫌い」
「知ってるけど! 知ってるけど! でも平気、訳せはするんだけど内容がさー・・・」
「内容ねぇ・・・」
そうして自分は目の前に広げられたノートに視線を落とす。
あぁ今日の授業はこんな事をしていたのか、ふぅん、他人事のように文字を眺める。
・・・・・・わずらわ「なぁ!」
あ。
「何? 龍也さん」
彼の声が、普段より少し大きく、した。
自分の意識が其方に集中するのが判る。
視線を向けようか、取り敢えず顔を上げると、平多が既に彼の観客になっていて、自分も倣う。
「ほら、見てみ」
出窓の上で腰を折って、彼は窮屈そうに屈みながら移動する。
先程まで半分占拠していた身体は、今までの半分の場所を隠すだけになった。
新たに見えるようになった其処には。
「え? 何?」
「ほら」
彼の履いていたスリッパが、整然と並んでいた―――向こう、向きに。
「えぇ?」
察しの悪い会話相手、あぁもう馬鹿だなあれはどう見たって、
「自殺したっぽいっしょ?」
うん。
彼は無邪気にも見える笑みを浮かべながら、青空を背負っていた。
やっと内容を理解したらしい会話相手は、
苦笑しながら「そんなーーー。龍也さん、悪趣味だよー」と零す。
けれどそんな事は意に介さない様子で、彼は笑った。
「そうか? これで手紙でも添えてあれば完璧なんだけどなーーー」
彼の向こう側、ちっぽけな窓枠なんか跳び越して、青過ぎる空と汚い地面が見える気がした。
そうだねサヨナラさようなら。
彼の向こうの青空にくちづけ。決して無い翼、在るのならもいでしまおう。