10 counts , 00   ―――"All resets".






 其れは、普段と変わらない空だった。
白が立ち籠めて、まるで雨なんて降りそうに見えない曇り空。
年若い天気予報士は「明日は雨でしょう」と言っていたけれど・・・。
其処までの記憶は、在る。
前日の夜に、メールを交わしながら付けていたテレビは其の予報士も出ていた報道番組。
当たり障りの無い殺人も含めた事件を流して、
其の退屈な、と言っては申し訳無い気がしないでもないが、
其の退屈な情報網に飽きて、気付くと、今だった。
今―――・・・ベッドの中、枕元に携帯電話、待受画面を出したままの、今。
 「寝ちゃった・・・」
誰にともなく呟く。両親は仕事、家には独りきり。
取り敢えず何をすれば良いのかな、なんてぼんやりと考えて、時計を探す。
いや嗚呼、此の手には携帯電話。全く、寝起きの僕は間抜けている。
全く・・・――――――全く、間抜けていた。
 「ッ!!」
そういえば、風呂に入る前に寝てしまったけれど。
服は皺の入ってしまったものを其の侭、着ていたけれど。
其れに寝癖も付いていて、出てゆける状態じゃないのだろう、けれど。

 僕は、玄関を飛び出して、走った。

 覚束無い手で、電話を操作する。
何度も押し間違いそうになりながら、僕はやっと世界に繋げた。
世界に、世界に・・・彼女に。
呼び出すだけの機械音が、酷く焦れったい。
開いていた待受画面、着信履歴に彼女の名前、
どんどんと頭が冴えて、そして真っ白になってゆく。
どうしたの、どうしたの、どうしたの。ねぇ、早く電話に出て。
 不意に赤信号が目に付いて、
「裕介?」
止まった足、脳に絡んだ声、我に返る。僕は、何処に行くつもりだったのだろう。
「あ・・・うん、着信が、在った、から」
「あぁ」
途切れがちに言う。
彼女は頷いて、そして少し笑みを含んだ声で、「良かったよ、裕介」。
「ん?」

 「裕介が、サイゴのひとになったよ」

言葉は重力に従って、僕に重く圧し掛かる。
白い空が、わらっている気がした。雨なんて降らせてやんねぇよ、なんて。
「さい・・・ご・・・」
「うん」
「・・・今、何処に居るの?」
「・・・・・・・・・内緒」
「ないっ・・・」
「好きだよ」
「っん、あ?!」
突然の宣言に、たじろいてしまった。思わずどもる。
彼女の声は普段と何ら変わりなくて、僕は何も、言えなかった。言えなくなった。
僕は何が出来るの。何も言わない彼女に、どうすれば良いの。
 横断歩道が青になる。
渡らない僕を避けるようにして、人が後ろからどんどん流れてゆく。
僕だけ、僕だけが、取り残されている。取り残されている。
「裕介」
「あ、うん」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女の言葉が途切れた。
此の電波は繋がっているのに、どうして僕達はこんなにも遠いのだろう。
信号がまた赤になった。彼女が、小さく言った。

  「何となくよ」

 ・・・・・・・・・・・・僕は、泣いてしまった。
其の小さな声に押されるように、電話の向こう側の音がはっきりする。
此の前、明にCDを借りたバンドの曲が流れていた。彼女がかけているのだろう。
彼女が彼女らしくて、僕は、僕らし過ぎる。
「・・・・・・や、だよ・・・」



 それから、何を話したか覚えていない。
ただとにかく、良くも悪くも『普通』の会話をした気がする。
彼女は彼女で、僕は僕だったから、どうしようもなかったのかもしれない。
泣きながら彼女の名前を呼び続けて、僕に謝り続けている彼女の母親が、とても、可哀想に見える。
葬式とかって、こんなのだったかなぁ、とぼんやりと記憶を探る。
彼女は目の前に居るのにな。何で、動かないんだろう。

 ――――――カウントダウンはゼロになる。僕らから、世界が消えていた。