僕と先輩は、帰る方向が同じ。僕の方が、少し近いけど。

 ローカル電車、地上を走る其れは、僕達を乗せて、今日も走っていた。

 少し傾いた太陽を左に見ながら、僕は立って、先輩は斜め前に座って。






パフォウマァ      ―――番外編






 「時に東堂くん、眩しくないかい?」
「んん、大丈夫ですよ」
斜め前、傾きかけた太陽を背に座る先輩が、僕を気遣って言ってくれた。
確かに僕は太陽光が嫌いなので、ちょっと嬉しい、けど、取り敢えず大丈夫と答える。
 端から二番目の車両の一番端、三つ並んだ席の左端、扉に近い方に先輩は座っている。
僕は、少し間を空けて座っている、先輩の隣の方の邪魔にならないように、先輩の傍に立っていた。
学校から離れて地方へと向かう電車には、同じ高校の生徒は一人も乗っていない。
それどころか、夕方になりきらない微妙な時間帯という事もあって、乗っている人間自体が少なかった。
 「今日は―――あれ? 何か、減速してません?」
「駅に近いんじゃないの。・・・いや、まだか」
「そうですよ、あ」
『キーーーッ!!』
軋む甲高い音が、電車の外から、内側にまで届いてきた。ぐらり、身体が歪む。
「御客様に御知らせ致します。只今、止むを得ず当列車は急ブレーキを御掛けしました。」
「急ブレーキ?」
その車掌特有の声は、無機質に響く。電車内の人間が少しだけ ざわついて。
僕と、先輩は。
 「人身事故とかどうっすかね」
「おーーー、人身事故! 良いね、其れ。よし、そうしようか!」
「急ブレーキっつったら、そうっすよね! こう・・・突然人が飛び込んできた!とか」
小さく笑顔で、黒い会話が飛び交いつつある。
でも、そうでしょう。急ブレーキなんて、人身事故が一番面白い理由じゃない。

 しかし。
「・・・・・・まだ動かないんですかね」
「ちょーーーっと長い、ねぇ」
そう止まってから既に、五分程、経過したというのに。
自殺の理由も他殺の理由も、一通り妄想しつくした。
痴情の縺れ、保険金目的、酔っ払い・・・在り得ない理由まで出し尽くした。
そうなれば流石に、やることは無くなるわけで。好い加減、会話が続かないわけで。
 「えーーー、大変申し訳御座いませんが、
当列車は未だ動く事が出来ない状態となっております。今暫く御待ち下さいませ」
「・・・・・・こりゃ、真面目に人身事故、かもですね」
「だねぇ」
かかったアナウンスに、まるで他人事のように反応する。
しかし人身事故ともなれば、かなりの時間を此処でこうして、拘束される事になるのだろうか。
 「暇・・・」
「うん」
僕の小さな呟きに先輩が微かに頷く。その動作、声さえ聞こえるほど、車内は静かだ。
先輩の隣に座っていた男性も、野次馬根性からか、前の方の車両に向かってしまって帰ってこない。
「・・・・・・ゲームしましょうか」
「ん?」
単なる暇潰し。然したる他意は無く、取り敢えず言ってみた言葉。
「一言です。詰まれば負けです」
「何の・・・」
面倒な多くの説明は省いて、簡潔に伝える。伝わるか否かは微妙だけれど・・・
「いきます、『酷いわ!』」
伝わると思うから。
「は?! ・・・あ。あぁ・・・『ちょっと待って!』」
―――始まる、連想ゲィム。

 「『もう待てないっ・・・』」
「『話を聴いてくれ、ミサキ』」
「『何時だってそう言って正当化するのね』」
「『ごめんミサキ、でも、聴いてくれ』」
「『今更何よ!』」
「『好きなのはミサキだけなんだ』」
「『もう信じられない!』・・・ベタになっちゃってますね」
「うぅん確かに。展開がつまらないね、これは。・・・・・・『彼は何でもないんだよ!』」
「えぇ、彼ですか。・・・・・・『嘘、だってリュウタはっ・・・!』」
「・・・『其れはリュウタが一方的にっ・・・!』」
「・・・『そんなわけない、だって貴方だって』」
「『話を聴いて、ミサキ!』・・・あ、遮っちゃった」
「んん、オッケイですよー。・・・『何よ、何だって言うのよ』」
止まった電車の中、傍から聞けば阿呆な会話の応酬。若しくは何だか奇妙な痴話喧嘩。
 所々で先輩が刷り込む言葉が、本当に面白いと思う。
途中、「あ〜妄想の泉が湧いてくよ、東堂くん」とか言うし。そういうところ、やっぱり流石。
動かない電車は、恐らく本当に人身事故か、もっと重い何かで止まっているのだろう。
僕の知る由も無いし、取り敢えず今が楽しいから良いか・・・と思ってしまう。
先輩が、其処に居て、先輩と、此処で話している事が、最上最高に、楽しい。
 「『ミサキ・・・判った、君に・・・本当の事を言うよ』」
「『ほ、本当の事?』・・・何言うつもりですか、先輩」
「んー?・・・『ミサキ、実は・・・リュウタとは兄弟なんだ!』」
「『きょ・・・兄弟?!』・・・先輩、これ どういうシチュエーションなんですか」
「んん、判んないね。『そう、腹違いの・・・ね』」
「『そんな・・・あぁ、でもだから、あんな・・・』」
「主体性を持ちなさい、東堂くん、主体性を。『そう、だからなんだ、あれは』」
「うーわー・・・先輩こそ人任せじゃないですかー。『でも、あんなに仲良いなんて!』」
 大分 判り難くなってきた連想ゲィム。
どうやら会話してるのは僕が演じるミサキ、先輩が演じる男性。
ミサキは、リュウタなる男と先輩演じる男性が愛し合ってると思い、別れ話を切り出す。
先輩演じる男性はミサキを愛してると言い、しかもリュウタとは兄弟だった、と言い出している、と。
 「・・・『今まで、ずっと知らなかったんだ、兄弟だなんて』」
「『え・・・?』」
「『どうやって接したら良いか判らない、けど、とにかく嬉しくて・・・』」
先輩が切なげな表情を見せる。其れが妙に生々しくて、僕まで演技がかってきてしまう。
「『・・・ご、ごめんなさい・・・』」
心底申し訳無さそうに呟けば、先輩は・・・僕の方を向いて、少し、笑った。
あの人は笑顔は作れないと言っていたけど、其れは其れで笑顔と判る、優しげな笑み。
共に紡がれた言葉は――――――。
「『ううん、アタシのこと解ってくれて嬉しいよ、ミサキ』」
・・・・・・『アタシ』?
「えぇ?!ちょ、それ、って・・・う・・・『・・・うん・・・!』」
突然 湧いた言葉に驚きを隠す事も出来ず、
しどろもどろになりながら、取り敢えず簡単な言葉だけ出す。
其れに対して先輩は、ケラケラ軽く笑うだけ。
「あはは。驚いた? 『何時までも、ずっとミサキだけ愛してるから・・・ミサキも、愛して』」
そして真面目な表情を作って、僕・・・ミサキに、言うんだ。
「マジすか、先輩。えー・・・これって・・・『うん、マリ・・・ずっと愛してる・・・!』」
つまり、オナゴ同士の恋愛、ですか?
「はい、正解。『ありがとう・・・!!』ってね」
・・・ビンゴ。

 「そうきますか、普通?! あーーー、流石。流石、高菜先輩って感じですね」
一通り会話、連想ゲィムを終えて、僕は ただただ 感嘆するばかり。
散々男女恋愛の感情の行き違いだと思っていたのに、最後に出されたサインは『アタシは女』。
先輩は確信犯らしく、愉しそうに僕を見てるし、本当、してやられた感じ。
「駄目だよ、東堂くん。油断しちゃぁ、いけないよーーー?」
「・・・・・・そーですね」
棒読みな僕の台詞に、またしても笑みを見せて。あぁ、本当に是こそ、此の感じこそ。
「・・・・・・先輩らしさ満開ですね」
「あはは!満開って!」
少し不貞腐れたように言葉を向ければ、緩やかな作っていない表情で笑う。
 そうやって他人とは違う、素敵な言語センスを操って、
そうやって他人とは違う素敵な空間を造り出す。
そういう先輩が、高菜香というひとが、

 「・・・本当、尊敬します」



 こういうひとに、僕はなりたい――――――なんて。



 再び揺れ出す電車、「御待たせしました」、車掌の言葉。
「あ」
「動いたね」
そしてローカル電車、僕らを乗せて。もう随分傾いた太陽、夕焼けを突っ切ってゆく。