彼は、突然現れて言った。
「アナタに、消したい過去は在りますか?」
食えない笑みを、浮かべて言った。
― ― ― ― ― ― 白 昼 夢
「在るよ。勿論在る」
「其れでは其の想い、ひとつだけ遂げさせて差し上げましょう」
まるでマジシャンの口振りで、彼は更に笑みを深くした。
「ひとつ?」
「ええ、ひとつ」
「ひとつ・・・」
在る。かなり在る。
絞り込めなくて眉を寄せる僕を、あのひとは唯微笑んで見ていた。
「ひとつ・・・」
「よく、考えて下さいね」
「ああ・・・」
何て不思議な事態。日常の延長に、非日常が存在していた。
けれど僕は何を疑問に思う事も無く、『消したい過去』を考えた。
『消したい過去』、『消したい過去』。
「止めますか?」
「いや、・・・・・・」
いっそ全ての過去を消したい程なのに、そう、全ての――――――・・・過去を、消そう。
顔を上げると、何も彼も見透かしたような、彼の瞳と眼が合った。
黒。吸い込まれそうな、何も映さない黒。
「さぁアナタに、消したい過去は、在りますか?」
「ああ・・・僕の、生まれた過去を、消してくれ」
彼の唇が今迄で一番美しく緩やかにつり上がった。
僕の唇が、今迄で一番しっくりと、動いてくれた。
「知っていました」
美しい世界が、僕を包んだ。向こう側が、手を振った。
彼が遠くなる、いや違う、近くなる、僕の、彼が。
ああ、僕は、僕は――――――――――――笑っ
「御利用、ありがとうございました。バイバイ、僕」
次の日、新聞の片隅に自殺した高校生の記事が小さく載っていた。