僕は知っていた。

 本当は、全部。






 僕は、知っていた。






      深 夜 の 宴   ―――弐






 鈍く光る銀の刃も、鏡に映りこむ蒼白い月光も、何も映しはしない此の心も、全ては日常茶飯事。
明日の朝、気付けば左手の紅色は固まって少し茶じみて、そうして掴み損ねた生の痛みが甘く疼く。
全部、知っていた事。全部、判っていた事。






 「はは・・・」

 生きろと叫ぶCDの声。身体に駆け巡る、出口の無い衝動。

 僕は生きている?どうしたら生きていける?

 真夜中、遮光カーテンはもう、月の冴えすら拒み始めていた。
昨日まで映っていた気がした鏡の中には、僕の姿は其処に在る筈の部屋は、黒く塗りつぶされていた。

 闇が、侵食している。

 身体の中からは、音が無くなってゆく。感情が闇に融けてゆく。
握ったカッターは、もう斬れはしないのかもしれない。判らない。判らないんだ。
紅は引かれてゆくけれど、其処に痛みなど滲んではこない。
漆黒の闇に身体を絡め取られて、此の手は熱を求め宙を彷徨う。
カッターに熱など無い。鈍く光る刃は、美しく笑うだけ。

 「・・・も、いい・・・・・・」

 零れた言葉は、何処に向かうのかなんて知らない。
揺蕩う空気が余分な成分を吸収する。横たわる闇が真実を浮き彫りにする。
僕は削られて、そして。

 「・・・・・・も、いいよ・・・」

 闇に視力なんか必要無い。自分の腕さえはっきりしない。引く刃も失いそうで。
何時だってそうなんだ。欲しい時に此の痛み、存在してはくれない。

 僕は、生きて、いるの?

 明日の痛みなんて要らない。昨日の痛みなんて要らない。
此の手は切れないカッターを持て余して、此の身体はCDに沈んでゆく。
そして、闇に、沈んでゆく。



 「も、い・・・から・・・」

 「・・・・・・ゆるして・・・」



 僕が生きる事、僕が痛む事、僕が、此の生を此の手にする事。






 そしてまた、僕に降る甘く疼く痛み。最早遅い、此の生の痛み。



 CDが、ずっと叫んでた 僕に、生きろと叫んでた。



 ――――――嗚呼。今夜もまたきっと、刃は鈍く冴ゆ。