此の雨と一緒に貴方の愛、下さい。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 傘なんてしたら。






 憂鬱な登校。人間だらけの私鉄、各駅停車の地下鉄を使って、やっと学校に着く。
と言えば簡単に説明出来るけれど、実際は駅に行くまで自転車に乗らなきゃいけない。
駅に着いてからだって、学校まで十分程度は徒歩。
学校でだって有意義に過ごせているとは思わないのに、更に無意味な時間を過ごす。
頗る面倒で仕方が無いのに、此のガムみたいに、ずっと、惰性で通っている。
 其の日は朝から中途半端に雨が降っていた。
自宅から地元の駅までは、母親が「車で送ってあげるわよ」なんて、
小さな親切 大きな・・・を、発揮して送ってくれた。
そうして煩いアジア語を喋る人間達を睨みつけた後、
サラリーマンに押しつ押されつ、私鉄で煮込まれる。
冬だと言うのに、心なしか暑い。耳元からは愛した音楽。
周りなんて知らない振りして、一生懸命集中を試みる。
どうかどうか、見つけないで。どうかどうか、殺さないで。
そしてどうかどうか、殺させないで。
愚かな願い、歌に代えて心に降らせるの。

 其の後 地下鉄を降りて、学校までは徒歩で行かなければならない。
地下から地上に、ヴァンパイアのような自分にとっては、太陽光線は辛い。
けれど今日は、其れは其れで面倒な、小雨。
肌につく湿った空気に、邪魔臭い傘の列が出来ている。
遅刻ぎりぎりの此の時間、大半が学校へ向かう人間。
先に曲がるか後に曲がるかの二通りが、大抵の人間の通学路。
そして自分は、どちらでも無い一番最初に曲がるという道を取る。当然。
他人になんざ、必要以上に会いたくないでしょ。
 そんなこんなで、傘を差さずに歩いていた。
小雨にいちいち傘を差すような殊勝な心がけは、自分のものじゃない。
制服が少しだけ重くなる気がした。
其処につけている校則違反、倫理違反気味のピンバッチ。錆びないと良いけどなんて思いながら歩く。
学校近くになれば全てのルートが結合していって、自然 人間が増えてゆく。
心意気で傘を差して、乗り付ける自転車組も疾走。背後から校門を目指して、自分を抜かしていった。
何だか癪な光景。まぁ地理の問題だから仕方ないのだけれど。
 ・・・嗚呼。周りが傘で埋まってゆく。早足の一人か、煩い二人。
傘を差すなら差すなりに、邪魔になんねぇように歩けよ、と思うのは自分だけなのだろうか。
後ろからは自転車組。前からはそろそろ教師が早く入れなんて言ってくると思う。
 押し迫る時間、白と黒の市松マフラーを揺らしながら、軽く溜息、空を仰いだ。
融ける音、混ざる息、立ち止まりそうになる足に同情していたら。
「隊長?」
「へ?」
駆け抜ける声が、貫いて行き去った。出た頃よりずっと、雨が降り注ぐ。



 「もー、隊長ーーー!傘差しなさいよ、君ー」
「先輩・・・」
駆け抜けた自転車組。駐輪場の傍、銀杏の木の下に立っていた。
自分の、先輩にあたるひと。百八十は在る長身と人好きのする笑顔を浮かべる優しい、ひと。
「・・・傘?」
「そうよー。君、凄い目立ってましたよー。独り、傘差してないんだもん」
「そうですか?」
「そーです」
高三男子とは思えないような口調で、人懐っこく言い切る。彼は黒い傘を差して正論を翳す。
其の正論に首を傾げて呑み込まない自分を、苦笑するように見ていた。
「濡れるでしょ、傘差さないと」
「まぁ・・・雨ですからね。でも、大して降ってないじゃないですか」
「そういう事言うか!普通に降ってますよ、是はー。我侭な事言わないのー」
「我侭ですか?いやだって面倒じゃないですかー」
「えーーー、えーーー」
「えーーー」
ふふ、と眼を細めて。自分を緩やかに咎めては、自分をしっかりと認めてくれる。
嗚呼だから、自分は。

 「じゃあね。帰りはちゃんと傘差しなさいよー」
「はは。帰りは多分、雨止みますよー」
―――だって、独りで帰るから。
心中、こそりと呟いて、別れて先輩は階段を上る。軽く手を振ってくれる。
朝なのに、少しだけ笑える自分に驚く。
自分は其のまま一階の土間に入る。見送るわけでもなく、先輩も自分も、あっさりと別れた。



 そうして教室に入る頃、聴いていたMDの充電が切れた。窓の外、もう雨は完全に止んでいた。

 雨は、止んでいた。