「・・・・・・あ」
失くしたと思ってた写真が出てきた。
とうに失くした、たくさんのキモチと共に。
あ の と き 僕 は 、 何 処 だ っ て ゆ け る 気 が し た 。
「みっちゃん!!」
秘密基地みたいに思ってた、家の裏手の林の中。
一角によく木が茂っている場所が在って、其処を俺たちの一番の基地に決めてた。
ざわざわと風が吹けば緩く優しく其れが入ってくるし、真上からは何時だって太陽の光が俺たちを見ていた。
「かずや! 今日は何する?」
だから、毎日が冒険で。
「うーーーん、取り敢えず遠くまで探検しようよ!」
だから、毎日が幸福で。
「オッケー、行こっか!」
だから、毎日が永遠に続くような気さえした、あのとき。
「みっちゃん、みっちゃん! あれ! あの丘みたいなトコ登ってみようよー」
「え、何々?」
走るように歩いて、歩くように跳ねて、其れこそピクニックにでも来ているような調子で林を駆けてた。
小さな僕らには今よりもっと、林の存在が大きく見えて、何処まで行ったって尽きる事は無かったんだ。
「ねぇ、みっちゃん! 競争しよっか!」
「競争?」
「うん! どっちが早くてっぺんに着くか!」
「良いよ! 望むところだ!」
かずやとは、仲が良かった。
手を繋いで、手を離して、一緒に駆けて、一緒に歩いて、そして一緒に寝転んだ。
「っは、っは、っは・・・!!」
「うぅ・・・意外にきついな・・・!」
半分ほど登れば、見るより遥かに傾斜の在った丘に、二人してバテ気味になる。
其れでも互いを見合っては
「でも俺、まだまだイケるもんね!」
「俺だって、まだ余裕だかんな!」
なんて、他愛無い意地の張り合いをして、最後の気合を振り絞って駆け上がる。
林の中、小高くなった其の場所は今は丘と呼べるかどうか判らないけれど、
兎に角あの頃は、酷く、高い場所に思えた。
頂上・・・天辺を目指して到達して、倒れ込むように寝転んだ。
「空ーーーっ!」
「青ーーーっ!」
どうでも良い言葉を叫んだ。どっちだってバテバテで、一番とかそんな順位はとうに関係無くて、
ただ其処に在るもの全てを身体一杯に浴びていた。
「青いねぇ。本当、青いねぇ。何で空って青いんだろうねぇ」
「あ、俺 聞いたことあるよ! 海の青が反射してるんだって!」
「えーーー? 空の青が海に、じゃないの?」
「あれ? あ、じゃあ半分空で半分海だ!」
聞き覚え、間違えまくった知識をひけらかして、でも結局答えなんて見つけられなくて、ああ、其れでも良くて。
「みっちゃん! 楽しいねぇ!」
「な! 楽しいな!」
―――下らなかった。其れが当たり前だった。
空が青いだとか、風が気持ち良いだとか、そんな『普通』の発見が、何より、嬉しかった。
そしてきっと、大切だった。
あの日より足は長くなって、昔は随分走ったと思った距離さえ、散歩にもならない。
あの日より背は大きくなって、高い高いと思った木でさえ、低い枝には手が届く。
あの日より頭は固くなって、発見の連続だった日々さえ、何時しか当然になった。
あのとき僕は、何処だってゆける気がしてたんだ。
「ねぇ、みっちゃん・・・飛べそうだね」
「あはは! そうだなー、あの木のてっぺんからさ、もしかしたら飛べるかもよ」
かずや、彼と二人、寝転んで、空に手を伸ばして。
目に入るのは空だけで、世界に空しかなくて、何処までも飛んでいるようだった。
何処だって、何処だって、何処だって、飛んでゆけると思ってた。
「みっちゃん・・・。俺、転校する事になったんだ・・・」
金網に気付いたのは何時。
「・・・・・・そっか。何処?そっちでも・・・頑張れよ」
もがくのを止めたのは何時。
「ミツユキ、荷物は纏まったの? 纏まったら運んでちょうだい!」
「あぁ・・・今行くよ、母さん!」
・・・カズヤ、今度は俺も引っ越す事になったんだ。
彼の転校が決まった時に、「泣かずに格好良く別れようぜ! また会えるようにさ!」そう言って撮った写真。
たった今、出てきた其れに、俺は小さく呟く。
・・・もう、随分彼とは会っていない。
年賀状のやり取りで、今の顔とか住所とか、そういうのは少し判るけど。
カズヤは、あの頃の面影少し残したまま、ノンフレームの眼鏡をかけて、物凄く大人びた顔で笑ってた。
俺は、あの頃気侭に跳ねさせていた髪をワックスで立てて、友達とバンドなんか組んでみてる。
―――嗚呼。
あのとき僕は、何処だってゆける気がした。
今この僕は、何処だってゆけぬ堕ちた鳥。
あの翼が此の手に変わった瞬間、僕は、一体何を捨てたんだろう。
「ミツユキ、手伝ってーーー!!」
「今行く!」
少し古くなった写真を、俺はもう一度 大事に仕舞い込んで、自分の部屋を空にした。