それは ただ、ただ。
馬鹿みたいな青空と少女に背を向けて、僕達は「死ね」と呟いた。
無 か ら
流 れ る 無
無駄だった。兎角、無駄だった。
生産性は皆無。期待も希望も何もかも、凡そ前を向いたものは無かった。
かと言って自殺だの悲しみだの後ろを向いた事も在るわけではなく、ただ、無駄そのものだった。
渡り廊下を吹き抜ける風は妙に強くて、二人のスカートを思い切りはためかせている。
捲くり上がる其れを、片方が、押さえながら言った。
「先輩、暑いっすね・・・」
そんなに高くない声は、幾らかの辟易した感情を含みながら空気と混じってゆく。
答えるように もう一人が、風を気にするでもなく、頷いた。
「ああ、仕方ねーだろ。つーか、うっせーよ」
「確かに」
彼女は自分の非を認めた訳ではない。
先輩、そう呼ばれた少女は目の前の木に睨むような視線を投げかけたのだ。
そして、耳に入っても入っても有り余る程の叫び、蝉の、叫び。
見えもしないのに音だけ届くのは、随分苛立つ事であるし、何より煩い。少女は軽い溜息を吐いた。
「あーうぜぇーーー。暇だし。もー本当、無駄」
長く伸びる声。性別を考えると結構低い。所々語尾が伸ばされ、言葉は頗る気だるそうに聞こえた。
些か強過ぎる風は、置いておいて。
青く広がる空も白く積み上がる雲も、切り裂きたくなる蝉の声も、
全てが夏と形容するに相応しいものだった。
視界を多く塞ぐ木の向こうに見える手狭なグラウンドには、
ちらほらと昼休憩を終えた運動部員の姿が在る。
相変わらず勝ち上がらない野球部、全国に行くらしい男女ホッケー部、
それから恐らく、あれはサッカー部だろう。まだ、人は少ない。
「何かやる事、無いんですかねぇ」
「あーーー? 無いんじゃない? つか面倒臭ェし」
「それは言えてますー。あーもー何か無駄ですねーーー」
「全くだ。何も無い。チクショウ、ただ夏だぁね」
「あはは、夏! 確かにただ夏ですね!」
何処を見ているでもなかった。何をしているでもなかった。彼女達は立っていた。
スカートを押さえている方は、それなりに背を伸ばして、
先輩と呼ばれた方は、手摺の縁に合わせ背中を丸めて。
空と木と人としか見えなくて、何もかも全を持て余していた。校舎からは、微かに人の声。
部室は、彼女達以外を中心に回っている。校舎の日本の世界の宇宙の、中心は此処で此処ではない。
「きゃははははっ!! やぁーーーっあっつーーーい!!」
「もーヤダーーー! もうすぐ練習始まるよーーーっ!」
「ウォータークーラー行こ、ウォータークーラー!」
少女は、女子高生と、言う。
「「うぜぇよ黙って死ね」」
重なった声、間に笑いを誘う。彼女達は少しだけ唇を緩めた。
聞こえはしない。恐らく届く事は一生無いだろう。届いたら届いたで、問題発言だ。
「さ、帰ろっかな」
「えーーー、先輩、部活はー? まだ一時ですよー」
「面倒」
軽く言い放ち、ゆっくりとだらけた身体を起こす。
「じゃあ私も帰ろうかな」と呟く もう一人を気にする事もせず、校舎の中へ消えていった。
後を追い、二人目も入ってゆく。
やがて鞄を持って、先輩と呼ばれた其の少女は一人で出てきた。
「クソあちぃ・・・」
一言呟いて、そして立ち止まる事なく去ってゆく。
未だ蝉に交じって届けられる女子高生の声に、もう一度だけ「死ね」と残すのが聞こえた。
あぁ、いくら楽しくても殺されるなら、楽しくなくても良いや。
彼女の出した結論は酷く簡潔な、やはり空っぽな二文字。
「死ね」
最後紡がれた其れが、誰に向いているかは、彼女しか知らない。