「・・・あ」






 






 学校からの帰り道、ポケットに手を突っ込んだ。
しかし、在る筈と期待した感触は其処に無く、思わず声が出る。
硬質な感、
シンプルだけれど気に入っている安ジッポは手のひらに乗るけれど、肝心のアイツが居ない。ああ。
 ああ。日本人は何だかんだ言って好きだよな、と思う。
諦めて歩き出そうとした視線の先に、御誂え向きに自動販売機が在った。
良いね、毒されよう抜ける気はない、俺はジーンズに差し込んでいた財布を取り出す。
ほんのりと口の端が上がる、自重出来ない故の自嘲だ。
 ジャラ、と音をさせながら小銭を覗く。ええと百円玉・・・で良いや、一、二、三枚。
手馴れた風で取り出して、世慣れた風にボタンを、
『ピッ、ガコン!』
「―――っ?!」
ボタン、を。
少し骨張った指が、綺麗で優雅な仕草を伴って、押した。
俺はナルシスト? まさか。つまり。
「僕は、これが好き」
にっこりと笑って、下段の取出口に落ちた煙草を、青年はすぅと持ち上げる。
よく在る煙草だ、とてもメジャーな。
白地に上方が赤く塗られている、下方は黒枠の中に、旧知の無粋な事実。
「・・・っマ、ルボロ・・・」
「せーーーかい」
意味が解らない、訳が解らない。
混乱し過ぎて、ああ思わずひらりと振られた煙草の銘柄を読み上げる。
振った方の彼は、愉しげに眼を細めて、更に笑みを深くした。
揺れる煙草と一緒に、自分の視線も揺れる。
うざったいような黒く長めの前髪。
向かって左は纏め上げて、いや右も結っているけれど、嗚呼半眉がちらりチラリズム。
服装は、何これ格好良い、格好良いんだけれど、
可笑しい普通じゃないええとそう、ファッション雑誌のまるで無意味な、
「はい」
「っ、え?」
観察を続けようと煙草から意識を外した其の瞬間、まるで引き戻すかのように、彼は再び口を開いた。
そうして同時に、ずいと手を俺に差し出す。
条件反射、俺は受けるように手を出してしまって、案の定、受け取らされる。何を。何これ。
「じゃあね」
ちゃり、と音を立てて百円玉三枚。そして、たった今買ったばかりのマルボロ。
出してしまった手のひらに、彼から100%のリターンバック。100%の。何これ。
 嗚呼なのにけれど嗚呼、「じゃあね」という言葉通りに、
彼はすいっとまるで本当に何事も無かったように、歩き去る。
勿論、来た方とは反対方向だろう、俺と擦れ違う形になって、俺は思わず目で追ってしまう。
彼は、けれど、俺の世界からは、切り離されてしまったようで。
「・・・・・・す、げ・・・」
そしてまさに置き土産、彼の残した煙草に、俺はゆっくりと火を付けた。
普段は吸わないマルボロの若干のキツさは、ああ屹度、俺と彼との自由度の違いなんだろう。
これからは、そうだ、マルボロを吸っても良い、なんて。
なんて。