嗚呼、僕は初めて、貴方を垣間見た気がした。






青春パフォウマァ      >>>愛が足りない






 雨の多い、そんな季節だった。
「むしむしするーーー・・・」
「仕方無いっしょ、梅雨真っ只中だからね」
要のだれた言葉に、僕は苦笑しながら返事をする。
学校帰り、地下鉄のホーム。
当たり前ながら冷房は効いてない。
しかも時間帯が時間帯なので、他校の人間も一緒で、余計に暑苦しい。
 電車は、来ない。
元々本数の少ない路線なのに、
どうやら僕達と入れ違いで先の電車がいってしまったらしく、暫くぼんやりしろと時刻表が言う。
「あーーーたりぃーーー・・・。暇だ」
「ほんとにね。ましゃ、何か面白い話してよー」
「僕は詐欺師で遊説家だけど、落語家じゃないの。面白い話なんて無ー理ーーー」
白線から数歩下がって壁に凭れながら、たらたらと会話を重ねる。
周りの他校生は、座り込んだり携帯電話のゲームに熱中したり。其々が其々、自分達の世界。
 「あ、そういえばさー。先輩が言ってたんだけどねーーー」
「先輩?」
緩慢な会話の中で、思い出したように要が言った。
間延びした声で、僕の問いに「そー」と頷いて話を続ける。
「変先輩。昨日ね、科学部で話したんだけどさ」
「はぁ」
「愛が足りないんだって」
「・・・・・・・・・・・・何処の博愛主義者ですか」
「違うよーーー」
「じゃあ募金詐欺?」
「あはは! 違うってーーー」
唐突に放たれた抽象的な台詞に、僕は至極真面目に反応する。
けれどどちらも一笑に付して、要はあのねと切り出した。
「ほら、あのひと彼女居ないでしょー。其れで青春パフォーマーとしては、寂しいみたいよ」
「何だよ其れ」
「だからね、『愛が足りないんですーーー。誰かーーー』って」
軽く真似るように言葉を引用する。其の話に、如何にもあのひとらしい言い草だと思いながら、
「あれ? 『青春パフォーマー』って、御前に言ったっけ?」
不意に起こった疑問。あの時は、高菜先輩しか居なかったような。
「あぁ、今日カオリ先輩がね。みんなで喋ってたら、昨日東堂くんが・・・って話してくれたの」
「ふぅん。で、定着したんだ?」
「ばっちり。ソモサン先輩も『あぁ的確だね』なんて言ってたよー」
「そりゃ光栄至極」
カオリ先輩が高菜先輩の事で、ソモサン先輩が遊佐先輩なのだろう。
前者はカオリと書いてコウと読む名前のせいらしい。後者は、何故かは知らない。
 「まもなく、電車が参ります。白線の内側に下がって、御待ち下さい」
「あ」
事務的な声のアナウンス。
直後、電車の近付く感じがして、特有の『プァン』とでもいうような音が聞こえた。



 「じゃあね、ましゃー。メールしてみなよーーー?」
「はは、地上出たらね。気を付けて帰れよ」
そう言って、要と別れた。彼女は僕の下校ルートから見ると、途中下車をする事になる。
要の何処かふわふわした、危なっかしいような後姿を見送って、自分は電車に乗り続ける。
あと二度の乗換えで、家に着く。地元ローカルの地上電車に乗れたら電波も入る。

 だから、メルコしたんだ。最初はそう、少しドキドキしながらでも、軽い気持ちで。
『どォもーーー。先輩、愛が足りないんですか?(笑) 要から聴きましたよー。』
当たり障りの無い言葉を選んで、なるべく判りやすい文章を心がける。
要との約束も在ったし、まぁ送ってみるか程度の気持ちで、返信は期待していなかった。
けれど意外に早く、僕の携帯電話は振動した。新着メール、一件在り。
『そうだよ〜〜〜。愛が足りないんです。分けて〜〜〜。』
男子高校生とは思えないような、人柄の想像出来る文が画面に躍る。
僕は其れに少しだけ笑いながら、帰路の途中、路上でめるめるとメルコ。
『愛が足りないって、そんな。自分じゃ愛なんてもの、とても在りませんよ。(笑)』
ふざけ半分、真面目半分で返してみる。
こういう時、高菜先輩だったらもっと巧くやれるのだろうかと思うと、自分の駄目さに苦笑してしまう。
人通りの少ない住宅街を歩く。
歩き慣れた道、何処にぶつかるわけでもない。自然、メルコに意識がいく。
『え〜〜〜。人間、結構愛で出来ているものですよ。(笑)愛が欲しい〜〜〜。』
『愛! 嘘臭いですよ。(笑)てゆか自分は、裏だらけの人間ですからーーー。』
何処まで本気か解らない文字の遣り取りに、何処まで色を出すか考えながら返信をする。
真っ黒な言い草で退かれるのは宜しくないけれど、面白みの無い『普通』なんて願い下げだ。
高菜先輩ならばどう返すのだろう。あぁ無理だ。面白いメールなんて僕には無理だ。
「!」

 『裏の裏は表だし、表の表は裏ですよ。どっちかなんて、そんなもんです。そうなんです。』

 「・・・ははっ!」
よく、言われている言葉だとは思う。
だから人間は、どちらかになんて決まらないのよ、とか、裏切った時でも裏切られた時でも使えるような。
在る意味、使い古されたとも形容出来る台詞だとは確かに思う。思うんだ。だけど。
彼の口から、そんな言葉も出るなんて。
『そうなんですかーーー? 自分は、裏も表も裏っぽい人間ですよ。(救えねぇ!/笑)』
気の利いたメルコなんて返信出来ないけれど。面白可笑しい文章なんて生成出来ないけれど。
そして愛なんて、埋めれやしないけれど。
ただせめて彼の暇潰しになれば良いと、僕はメルコを遣り取りしていた。

 願わくば僕が、せめて少しでも、貴方の足しになっているなら良い。