僕に映る彼は、単なる比喩じゃないほどキラキラしていた。

 僕に無いモノの塊で、つまりは、僕に一番、遠いひと。

 そう思った。嗚呼、いっそ美しい、―――――――――。






青春パフォウマァ      >>>『俺達の夏』






 今日は、授業は無い。学校行事、球技大会の第一日目なのだ。
此の学校の球技大会は、各学年クラス対抗で競い合う。
男女別に三種目在り、一人一つは出なければならない。
因みに、男子はバレー、バスケ、サッカー、女子はバレー、バスケ、卓球の中で火花を散らす。
各クラスで揃いの『クラスTシャツ』なるものを着て、応援したり試合したりする。
・・・と、まぁ、はっきり言って、面倒なだけの学校行事なのだ。
 其処に来て僕は、元々運動なんざ好きでは無いし、
クラスと関わるのも願い下げたいと思う人間で。
そうこう考えているうちに、其れなりに率先して道連れになってくれる友達、
そして僕と同じような理由で世間と日差しを避ける『あの』科学部の先輩と一緒に、
此の日を精一杯サボタージュしようという暗黙の了解を交わしたのだった。



 そうして、僕らはもう直ぐ夏になる今日でも、
幾らか涼しいコンクリ剥き出しの二階の渡り廊下に立って階下を見下ろしていた。
職員室と二年生の教室を繋ぐ渡り廊下、
人は少しばかりは通るが、立ち止まるような物好きはいない。
ああ尤も、僕達が居たからかもしれないけれど。
どちらにしろ其れを幸いと完全に其処を居場所に決め込んで、
僕達は他愛も無い事を喋りながら、グラウンドで繰り広げられるサッカーや、
其の脇でバレーの練習に汗を流す人間なんかをぼんやりと眺めていたのだ。
 「先輩は良いんですかー? 行かなくて」
「んん?」
ゆっくりと高菜先輩に問いかければ、これまたゆっくりと返答が在った。
短く「試合」と言葉を足すと、此方を向くでもなく言葉が返ってくる。
「あぁ、まだ」
「そっすか」
其の遣り取りを聞いて、早河が口を挟む。
「真咲は?卓球でしょ?」
「うん。まだ」
「そっか。私はそろそろ行かなきゃ。行くね」
「・・・おぅ、行ってらっさい」
応援に行こうかどうしようか逡巡したけれど、直ぐに却下してひらひらと手を振った。
早河も、そんな僕の性格を判りきっているのか
「ん」と答えて校舎内へと入っていく。元から、先輩の応援は期待していない。
 彼女が少し重い校舎への扉を開けて閉めて、姿が見えなくなった所で、僕は視線を外した。
「・・・よくやるよなぁ」
グラウンドの前の空きスペースで、何個もの白いボールが宙を舞う。
「在り得ませんよね」
追いかけるように動く数人毎の塊。
「大体さ、今更足掻いたって意味は無いよな」
其の脇で、ミニサッカーが繰り広げられていて、人は、入り乱れている。
「試合前に疲れて、試合で疲れて。『何か頑張った感』には、浸れるんじゃないですか?」
「『感』だけかよ」
時々笑いを交えながら、淡々と会話は進む。取り止めも無い、際限も無い。
「ましゃー、あつくなーい・・・?」
「別に、炎天下よりマシだろ」
不意に聞こえた、だれきったような要の声に、苦笑しながら返事をする。
要は「まぁ確かにねー。んーーー・・・でも暑いーーー」なんて呟きながら、
よいしょ、と言って立ち上がった。
「?」
「保健室行って寝るー。また来るねーーー」
「なるほろ」
要の言葉に頷いて、そうして早河と同じように校舎に消えてゆく後姿を見つめた。
結局、真面目にサボっているのは、高菜先輩と二人になってしまった。
いや、サボリに真面目も何も無いかもしれないけれど。
 「暇だねぇ、東堂くん」
「ですねーーー。・・・あぁ、先輩、バレーの練習してくれば良いじゃないですかー」
「良いよ、自分、天才肌だもん」
「うわ、そういう事言いますか。いや否定出来ませんけど」
「しなくて良いよ。てゆか君も練習なんかし」

 「よーっしゃあーーーーーー!! 負けるなーーーーーーっ!!」

 遮るように、声が、した。
「・・・・・・先輩?」
「まさか。・・・あれだ。あいつだよ」
「え? ん? あーーー・・・あぁ」
 遠目にも何となく判る、見知った顔、声。長身で痩せ気味で、誰よりも明るい。
少なくとも見える限りでは、面白可笑しくて、悩みなんて無さそうな其の人、そう・・・佐々清春。
「元気な方ですね・・・」
「変は何時もああだよ。まぁ元気じゃない変は其れこそ変だね」
佐々先輩は学校で『変』と呼ばれている。
本人公認で、「俺、変ですから変です〜」なんて言っていた。
バレーに出るらしく、揃いのTシャツを着た恐らくクラスメイトの人間と、円陣パスをしている。
しかしバレー部員でも無い人間の俄かバレーが然程上手いわけは無い。
あっちへこっちへ、定まらないボールを追って、奔走している―――主に、佐々先輩、が。
「・・・頑張るなぁ・・・」
「本当にね」
呟けば、呆れたような高菜先輩の声。ぼんやりと視線はバレー軍団を彷徨っていた。
 「おーーーっ!ユウキ、ユウキ!」
「やっべ、変!」
「お、お、お、はい!」
微か聞こえる言葉を拾いながら、飽きもせずに眺めていた。
其のボールを一心に見つめて踊り回る姿は、如何にも『青春★』という感じを受ける。
隣で先輩が軽く溜息を吐いて体勢を変えた。
ゆっくり伸びをして、もう一度グラウンドを向いて。

 「・・・熱いね、青春」

 「・・・・・・青春パフォーマー、って感じですね」

 うんざり。げんなり。そんな感情の籠った言葉に、僕は見たままを形容して合わせた。
正に青春ドラマのような空間を作り出す、
其れこそ、『輝く汗、光る青春、俺達の夏!』とでも言い出しそうな・・・
「あはははは!! 青春パフォーマーって!!」
爆笑する先輩に、「えー・・・だってそんな感じじゃないすかーーー」と言えば、
まだ笑いの収まらないままに頷くのが判った。
「いやいや、否定は全くしないよ。寧ろ、言い得て妙だと思ってね」
「あぁ、なんだ」
「いや其れにしても東堂くん、巧い事言うね。本当、そんな感じだよ、変は」
「へぇ。いやでも普段から『俺達高校生★』って感じですもん。何事も全力! みたいな」
「あーーー確かに」
半笑いの先輩に、言葉を重ねる。
近景のような遠景、手の届かない向こうでは、
佐々先輩・・・青春パフォーマー率いる一団が、未だバレーに興じている。
周りで上がる声。グラウンドでは、サッカーのホイッスル。歓喜。落胆。

 「あーーー・・・本当、『青春』だね」

 まるで僕らの忘れた、コーコーセー、な、視界。