出会いは酷く簡単、友達の、部活の部長だった――――――。






青春パフォウマァ      >>>五月勧誘






 「要ー。御前、今日暇ー?」
此の学校で『帰りのST』と呼ばれるホームルームのようなショートタイムが終わる。
他の学校を体験した事が無いから、
其れが正しい呼び方かどうかは判らないけれど、まぁどうだって良い。
そして僕は、終わった早々に、要に声をかけた。
「あー、今日は好い加減、部活行かなきゃー」
「あぁ、科学部ねぇ」
けれど、返ってきたのは否定。軽く苦笑しながら言われた言葉に、僕は頷く。
そういえばずっと、先の調子で僕らは部活をサボっていた。
僕は、殆ど日本語駄弁りング部と化したEnglish SpeakingSociety、通称ESSを。
要は、何やってんだかよく判らない科学部を。
 「なにー、ましゃも来るーーー?」
んしょ、などと可愛らしい声を出しながら、重そうなトートバッグを持ち上げる要。
容姿が可愛らしくて堪らない、というわけでは無いけれど、
ぱっと見はほわほわと優しくて柔らかい雰囲気の此の少女と、
真っ黒で人類を敵に回しているような威圧系の僕は、なかなか気が合ったりする。
「えーーー。科学部って何やってんのか、いまいち判んねぇし」
「ひどーーーい。真面目に科学ってるんだよー。八割喋るけど」
「駄目じゃねぇか其れ」
あはは、と笑う要に呆れたような表情を見せる。
 「で、何で結局こうなってんのかね」
「そりゃあ、ウチらの事だし、ノリでしょーーー」
「ま良いじゃん、真咲」
あれから、僕らの話に早河が加わって、何故か三人で科学部を訪れる事になった。
全く不測の事態だ。要が暇じゃないなら、とっとと帰ってしまおうと思っていたのに。
科学部は、南棟の二階の隅、生物実験室に陣を構えているらしい。
此の学校は敷地内に三棟の校舎と、体育館、格技場を持つ。
僕らは中央棟三階に教室が在るので、実はちょっと遠い生物室。
面倒事は嫌い、他人と接触するのは嫌い、
そんな自分がわざわざ来るとは、と自分に半ば感心する。
 「あれ? ・・・・・・閉まってる、かも」
「はぁーーー?」
ぼんやりと周りを見回していたら、少し不安げな色を混ぜた声で、要が言った。
いつもはノブを回して押せば開く筈のドアが、どうやら開かないらしい。
「引くんじゃねぇの?」
「押すんだよー」
「じゃあ休みじゃない?」
「えーーー」
僕と早河の言い分に、尽く否定をしようとする。
けれど実際問題、其の扉は黙ったままなのだ。
もう良いじゃん、じゃあ帰るよ、そう言って背を向けようとした時。
 『ガチャ』
「あっ!」
「御免、御免」
鍵の開錠される音、ノブが回って、灰色の扉がゆっくりと開いた。
位置が悪くて、姿はよく確認出来ないけれど、長身の男子高校生が見えた。
「もー部長ーーー。何で閉めてるんですかー」
「だから御免なさいって言ってるでしょーーー。諸事情がね、諸事情が」
「大した事情でもないくせに」
「なんか言いましたか、カオリちゃーーーん?」
中からボソリと聞こえてきた声も高くない、男子だろう。
話しぶりからして『部長』と同年代、高三か。
「でも鍵なんか掛けるから、ましゃとハヤネが帰るところだったんですよー!」
 「何? 誰だって?」
また此の子は説明もせずに固有名詞を・・・。
当然のように話す要に、疑問を浮かべる『部長』。
大きく扉を開けた彼に大して、仕方なく僕と早河は傍に寄った。
「黒い方がましゃで、隣がハヤネですよ」
「黒い方って失敬な・・・。つぅか早河もちゃんと形容しろよ」
「私は良い。ぴったりじゃん、黒い方って」
嬉々とした様子で紹介する要に苦笑、笑う早河にまた苦笑。
僕は訂正を入れつつも、『部長』を視界に捉えた。・・・並ぶと意外に、大きい。
百八十は在りそうな身長。短めの髪に、穏和そうな顔。
けれど体格が良い、というよりは、ひょろ長い、という形容の方がぴったりくると思う。
室内にも数人の男子。
よくは確認出来ないけれど、どの人間も言い方は悪いがヒヨワそうだ。
「えー、何ーーー? 黒い方って・・・背が高い方? で、彼女が『ましゃ』でーーー?」
言いながら、彼は首を傾げる。というか、上半身ごと揺らがせる。
まるで高三男子とは思えない仕草に、多少驚いてしまう。
「そう、ましゃでーーー。隣が、ハヤネですーーー」
合わせて体を傾ける要。
「えーーー」
「えーーー」
なんて言い合いながら、二人がシンクロするように交互に揺れる。
・・・・・・・・・・・・科学部は、これで良いのか。
 「・・・・・・帰って良い?」
「もう帰っちゃうの、ましゃー? 寄っていきなよ」
「私は科学部見たし、部活行くよ」
僕の台詞に、彼が反応して誘う。答える前に、早河は部活に行く、と生物室に背を向けた。
「じゃあねー、ハヤネー」
「ねー」
言葉を重ねるように、要と彼。
早河は軽く手を挙げて「うん、また」と消えていく。彼女は、管弦楽部だ。
「じゃあ僕も・・・」
便乗して背を向けようとすれば、くん、と鞄を掴まれた。其の腕は、要から伸びている。
「せっかくだから遊んできなよー。入って入って」
悪びれもせず笑う。嗚呼溜息が出ちゃうね。だけど仕方無いね。
「わーったよ」
「やったーーー!」



 「へぇ、佐々先輩、って仰るんですか」
「そうーーー」
にこにこと。相変わらず、高三男子とは思えない仕草をする。
佐々先輩は、要とよく似た優しげなひとだった。
生物室の並んだ長机の前の方の席に座る。
向かい側に要、其の隣に佐々先輩。机を挟んで数人。
「そういう君は何ていうのさ」
「あ、僕ですか」
数人の中の一人から問われる。先程も聞いた声のような気がする。
「僕は東堂です」
「ふーん、東堂くん。自分は高菜だから」
「カオリちゃんじゃないんだ?」
「別に良いけどさ」
高菜、と名乗った先輩の隣から声。一瞥して頷く高菜先輩。
其れから、こっちは、と紹介して下さった。
「遊佐。でも寧ろソモサンで良いから。セッパでも良いけどね」
「ソモサン、セッパって・・・」
高菜先輩は笑うけれど、
遊佐先輩が否定しないところを見ると、実際そう呼ばれているのかもしれない。
何つぅ部活だ、と心中思いながら、其れでも緩い空気は心地良いと思う。
 「あーそだ。ねぇねぇましゃさー、入部したりとかしない?」
「へ?」
そうして突然突きつけられた入部届。五月に入る頃の今、勧誘には微妙に遅いだろ。
というか其の前に、僕は要と同学年の二年なのだけれど。
「良いですね其れ!ましゃ入っちゃおうよー」
「えーーー」
そうして二人は笑う。つられたように高菜先輩も遊佐先輩も笑んだ。
空気は本気のような、全く冗談のような。心地良い雰囲気がゆらりゆらりと揺蕩う。

 嗚呼うん、良いかもしれない。