死ぬと決めた君に、僕は何が出来るのだろう。

 自己中心な、愛の押し売り。






      10 counts      ――― テンカウント ―――






 突然、彼女は言った。
「あたし、十日後に死ぬから」
昨日と変わらない笑顔、何処か旅行にでも行く、そんな、軽い宣告。
 「・・・・・・は?!」
僕の出来た、精いっぱいの反応。
 「ちょ、ちょっ・・・どういうこと?!」
「言葉通りよ。十日後にはあたし死ぬの。裕介には、最初に言っとこうと思って」
「え、やっ・・・それはありがたいけど・・・や、ちがう!ちがう、そうじゃなくて!」
「なに?」
止まりそうな思考、必死で動かしてるってのに、
彼女から出たものは溜息と共に不可解だと言いたげな視線。
どちらが『普通』なのか、判らなくなる。
僕の部屋、白いカップ、冷めたコーヒー、有名店のクッキー、読みかけの雑誌、
そう『のどかな午後』。
 「だから、つまり」
知らぬうちにジェスチャープラス。
僕の言葉を待つ彼女に、考えを捕まえながらゆっくりと言う。
「もう少し、詳しく話してほしいんだ。えっと・・・」
「落ち着いて、まだ十日あるもの」
「そう、それ。十日って?」
右ストレートは、泣いちゃうからね。
ぐっと握りしめて、慌てる心に代わりに一打撃。
そんな僕の内心も知らず、彼女はやっぱり飄々として答える。
「十日は十日よ。あのね」
小さな机を挟んで向かい側に居る彼女。
一瞬伏せた時に見せる長いまつげは、やっぱり綺麗で、嗚呼違う、
そんな場合じゃないんだってば。
「今日はゼロ・・・もとい、No countよ。明日が十ね。
次が九、その次が八、そんで七、六、五・・・ってカウントしてって、
ゼロになったら、その日が最後」
「うん」
・・・つまり、十日後に死ぬってことだ。・・・・・・えぇ?!
 「それっ、はっ・・・なん、で?」
上擦り気味の自分の声。
単語が途切れがち、あぁ何だって彼女は、こんな。

 「うーーーん・・・・・・・・・・・・、何となく?」

 こんな。

 「なっ・・・・・・・・・」
「あはははははは!!」
「ちがうだろォ?!」
高く裏返ったコエに笑う彼女、僕は自分の膝だか床だか机だか、
とにかく両手で叩いて半ば立ち上がる。
もし頑固親父だったら、この机ひっくり返してやる!!
 「死ぬって言うのは、死ぬって・・・死ぬってことだよ?!
それをそんなっ・・・なくなるんだぞ?!」
あぁ、もう。判らない。解らない。
「知ってるよ」
「しっ・・・・・・!!」
「止めて、そういうの」
「っな・・・・・・!!」
「好きだけどね、面白くて。でも止めて、裕介」
「っ・・・・・・!!」
彼女が、ただ真っ直ぐに、僕を見ていた。
 「決めたの。もう決めたの。大丈夫、『十日後』よ」
座ることも出来ずに、僕は言葉尻を繰り返す。姿は、酷く間抜けだ。
「十日・・・・・・」
「そう。もう、きめたけど、それは十日後。・・・じゃあ、あたし、そろそろ帰るね」
そう言えば、今日は歯医者の予約が入ってるって言ってたっけ。
ぼんやりと記憶が零れる。
 立ち上がった彼女に倣って、自分も立つ。ドアを開けて、玄関まで見送る。
土曜日で両親は仕事、けれど律儀に「御邪魔しました」。
「じゃあね。また、明日ね」
「あぁうん。明日・・・・・」
映画に行く、約束をしている。
彼女はヒラヒラと軽く手を振って、バタン、向こう側に消えた。
鉄のドア、外界との隔絶。何だ、これ?

 そうして、始まった。