此の手は何処にも届かない。此の足は何処にも向かわない。

 何処へもゆけない何処へもゆけない。



 嗚呼僕は、ずっと此処に居た。そう僕は、ずっと、ずっと――――――。






      深 夜 の 宴   ―――参






 鈍銀の刃は美しく、遮光カーテンの向こうの月に吠えていた。
馬鹿みたいな水色の光を液晶に伴って、生きてく意味が欲しいだろ、巡るCDが叫んでいる。
全て抜け落ちた躯を抱いて、また、闇にゆらり揺らぐ。

 鏡の向こうも鏡の此方も、黒に塗りつぶされている。
何時から、こんな部屋に居たのだろう。闇に呑まれている、音に呑まれている。
僕は世界に、呑まれている・・・。



 キチ キチ キチ キチ ・・・・・・

 乾いた音、慣れた音。右手の冷たい温もりを、必死に其の手に握り締めてた。
痛みを声に変えて、痛みを生に変えて、左に紅の平行線。
闇に融けてゆく声も、空気に揺れてゆく温もりも、繋ぎ止めよう握り締めて。
右に温もりをカッターの。左に温もりを在る筈の生の。
黒の鏡に映らない己を、其れでも嘆けぬ己を嘆く。

 ――――――咲かない狂気。

 「死なない、なぁ・・・」

 弄ぶ言葉、持て余す感情。世界に色なんて無い。
闇に沈んだ部屋の中で、ずっと。
 手首に引かれている筈の紅も、黒の中、侵食されている。
何も見えない、見る必要も無い、何も彼も、無くたって良い。



 「痛い、なぁ・・・」



 もう何度繰り返したか判らない台詞。そう、『台詞』。
きっと全て決められた台本通りに、此の世界、生かされているのだ。

 じゃあ。

 じゃあ何故。

 此処に居る事を此処に生る事を誰も、知ってはいない?



 「誰か・・・」



 言葉は意味を成さずに、空気と同化してゆく。
闇の中、代わりに叫んでいたCDが音を止めた。
全てが、浮き彫りにされる気がした。

 「誰か・・・」



 キチ キチ キチ キチ ・・・・・・



 「認めて・・・」



 キチ キチ キチ キチ ・・・・・・



 「愛して・・・・・・」