何時からか、ずっと思ってた。僕の寿命は、最期は、何時なのだろうと。

 そして今、僕は解った。ああ其れは、今なのだ、と。






      僕と彼女とハヤトの話 番外編      ――――――カンザキワタル






「カンザキくん」
「はい?」
突然、声をかけられた。少し切羽詰ったような声。
しかしゆっくりと振り返れば、そこそこ見慣れた図書担当教員の顔。
早く帰りたくて、半ば苛々しながら言葉の続きを待つ。彼女は躊躇いがちに、口を開いた。
「カシワギさんが亡くなったの・・・知ってる?」
「・・・カシワギ先輩が?」
 ―――カシワギユウカ。一つ上の先輩で、同じ『図書館の住人』だ。
と言っても、自分と一部の人間がそう名付けて呼んでいるだけで、
要は授業後の図書室で、他人と関わる事も無く、勝手に本を読んでいるだけなのだけれど。
でもまぁそうすると、何となくコミュニティも出来るもので、
「よく読むわね」なんて言う図書担当教員も含め、ちらほらと会話していた。
カシワギ先輩自体は、其のコミュニティに於いても、他人と殆ど関わっていなかったが、
僕の方が、カシワギ先輩に好んで関わっていたのだった。
 「事故ですか」
「それが・・・事故じゃないの。
いえ、とても・・・不運な事故のような感じもするのだけど・・・」
「事故じゃない・・・ということは、自殺なさったのですか」
「・・・・・・」
神妙な表情で、こくりと一つ頷かれた。
カシワギ先輩は、自害したのだという肯定。僕の中には、何か、衝動。
 「凄い・・・!!」
湧き上がるのは場違いな言葉。
だけど素直にそう思えたんだ。
顧問は怪訝な瞳で僕を見たけど、そんな事どうだって良い。
 ・・・僕は、カシワギ先輩にある種の憧れを抱いていた。
姿とか見目が良いとか俗っぽい理由ではなくて。
性根が可愛いとか綺麗とか そんな話ではなくて。
唯、あの、世俗から一線を画しているような異色の存在が、余りに鮮烈だったんだ。
 「ありがとうございました、教えて下さって」
「え、いえ・・・。
あの、それでねカンザキくん。一応、図書室によく来る子達の代表として、
今夜の御通夜に出席してくれないかしら、私の・・・代理も兼ねて」
「! ・・・はい、はい判りました。では参ります」
急な申し出ではあったが、ありがたい。カシワギ先輩の最期を確かめられるなんて。
それにそう、もしかしたら、カワカミ先輩にも話を聞けるかもしれない。

 人間の死への好奇心。

 その夜に僕は、真っ黒の学ランを着て立っていた。そして、翌日も。






 ハタ先輩との合同葬儀だった故に、こういう言い方は可笑しいが、賑やかなものだった。
泣きじゃくる女性も多く、あまり関心の無い僕にとっては、なかなかに異様な光景。
 その喧騒から離れ、暫くじっとしている。
慌ただしく泣いて帰ってゆく人間の波を見つめながら、考える。
何故、カシワギ先輩たちは死んだのか。昨日の通夜から ずっと不謹慎にも考えていた。
カワカミ先輩に話を聞いてみようとも思ったが、
無表情に沈んでいるようだったので、流石に止めておいた。

 それからもう暫くして、残っている人間は、数えられる程度、四人くらいになった。
もう出棺も何もかも済んで、墓地の入り口のところに、立ちすくんでいた。
けれどカシワギ先輩の兄で在ると言うユウキさんは、感傷に浸る暇もなく、
他の雑事を片付けに行った。
なお残ったのは、カワカミ先輩と其の友達のヤマト先輩、そして僕の三人だけ。
 「・・・・・・タケル、今日はありがとな」
「いえいえ。御前もそうだけど、カシワギもハタも友達だしな」
「うん、ありがとう。あと・・・御前も、カンザキ」
「いえ、別に。カシワギ先輩には御世話になりましたし」
「・・・ああ」
不意に巻き込まれた話の中に、当たり障りの無い言葉を残す。
僕は、先輩の死の真相・・・理由が知りたいから出席した。
だから、今は良い機会では在るのだけれど・・・。
 「『カシワギユウカ』と『ハタメグミ』は、いつ忘れられるんだろうなぁ」
「え?」
僕と、ヤマト先輩の声が重なった。
カワカミ先輩は、ゆっくりと顔を上げて、僕らに視線を移すわけでもなく、空を見上げた。
先輩が死んだ あの日とは打って変わって、気持ちの良い、雲の少ない青で満たされた空。
「ハヤト、何言ってるんだ、御前・・・」
「別に、言葉のままだよ。だって、さ、・・・俺は、きっと忘れられない。
自殺したからってのもあるけど、何より存在が強烈だったし。
メグミの辛そうな、ドラマにでもなりそうな話も、
ゆーの淡白な、遠く彼方を見据えたような考え方も、忘れられない。
でも、それを強く憶えていてくれる人が、いつまでいるのかな、と思って」
何処か達観したような口調で、カワカミ先輩は言った。
ヤマト先輩が少し考えるような素振りを見せて・・・「ああ」とだけ頷いた。
 彼女たちは、一体、何人の心を飛ばせたんだろうか。
慰めようとするヤマト先輩と、大丈夫だと薄く笑うカワカミ先輩を見つめながら、僕は思う。
世間から見れば、社会から見れば、
全く以ってちっぽけな、何万といる自殺者の中の一人二人にしか過ぎないけれど、
それでも此の小さな世界の中では、酷く酷く強く、存在を残して逝った。
どうして其の行動に出たのか、何故飛び降りる事を選んだのか、
本当のところは何も判らないのだけれど、今となってはどうしようもないのだけれど。
其れは余りにも強く、狡過ぎた。

 「・・・・・・先輩、忘れたくありません」
「カンザキ?」

 最初は唯、あの特異な存在を、己で消す決意をする由が知りたかっただけ。

 「忘れさせたく、ありません」
「・・・御前・・・」

 けれど実際に暴こうとすれば、其れは深く深く何処までも僕を突き刺してきて。

 「忘れ、させません」
「・・・・・・まさか」

 最期に、何を見たのですか。最期に、何を思ったのですか。

 其れは、僕にも、見えるでしょうか――――――。






 僕の最期は、一年後の体育館で。
禿げ上がった校長が悲痛そうな表情を貼り付けて言うのだ。

 「本校の二年生、カンザキワタルくんが、亡くなられました。
短いですが、どうやら、我々宛の遺書を残しています」

 「・・・・・・・・・『カシワギユウカ、ハタメグミに捧ぐ。』」






 これで、もう一年は持つでしょう、先輩・・・―――――――――?